コラム・岩井の好きな映画 vol.48「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」

シアタービューフクオカで絶賛連載中のハイバイ・岩井秀人氏のコラム「岩井の好きな映画」。本誌と併せてお楽しみください!

ハイバイ・岩井秀人コラム【岩井の好きな映画】vol.48「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」

先日、男岩井はパリでのハイバイ「ヒッキー・ソトニデテミターノ」公演を終え、そこからニューヨークへ飛び拙著「おとこたち」の現地キャストによるリーディング公演を見に行ったのだが、その最中の大嫌いなデルタ航空(今時機内食であんなもの食べさせるかね、な。)での移動の最中に見たのが「アイ、トーニャ」でありました。90年代に活躍した女子フィギュアスケートの選手、トーニャ・ハーディングの伝記映画なのだけど、これがめちゃ面白い。同じく機内のビデオで流れていた「ダンケルク」、「グレーテスト・ショーマン」を余裕でブッチぎっての一等賞であった。
90年代前半と言えば、僕も引きこもり真っ盛りの時で、当時のトーニャ・ハーディングは最近でいうキム・ヨナくらいの妖精ぶりで、大人気だった。そんな彼女がキャリア絶頂の時に起きたのが「ナンシー・ケリガン襲撃事件」。オリンピックで金メダルを争うと言われていたトーニャとケリガンだったが、大会直前にケリガンが何者かに襲われて、大会を辞退することになった。そして後日、そのケリガンを襲撃したのが、トーニャの旦那の一味だったという事実が明らかになり、その指示をしたトーニャは当然、オリンピックに出場できなくなった。この事件はいまでもよく覚えている。あれだけ美しさと繊細さを争う競技が、「襲撃」という血みどろな方法でぶち壊されたのだ。この大事件を、トーニャ自身やその母親らに取材をして再構成して作られた映画が、これなのだが、まーーー面白い。まず、トーニャの育ちの酷さが面白い。母親が鬼なのだ。悪魔なのだ。娘を娘とも思わず罵倒し続け、ジャンプが出来なければ「あんたにいくら使ったと思ってんだよ!このビッチ!」と、お母さんが娘に叫ぶ「ビッチ!」ほど味わい深いものはないわけだけれど、最近巷を賑わせている「#Metoo」のオンパレードというか、凄まじすぎて誰も「Metoo!」って言わないレベルの罵詈雑言を浴びせかけられながらも必死に練習を重ねて大会で勝ち続けるトーニャ。母親から逃げ、ようやく捕まえた彼氏がまたヒドい。母親と同じか、それ以上にバイオレンス満載の彼氏なのだ。悪夢から逃げ、さらなる悪夢へと迷い込んだトーニャは、精神も荒れ果てている。それでいて、自分で衣装を縫って作り上げ大会へ挑む切なさも背負いつつ、他の選手へのリスペクトなんざ1ミリもないまま勝っていく。そして冗談半分でライバルのナンシー・ケリガンに脅迫文でも送ったろうか、と笑っていたら、彼氏の悪仲間の一人が、実際にケリガンを襲撃してしまう。
この凄まじい人間臭さはなんだ。前回「スリー・ビルボード」について書いたが、この強靭な物語も霞んでしまうほど、トーニャ・ハーディングが辿ってきた人生は血生臭く、そして最高に不幸だ。
この不幸さは、映画の中にあって、とてつもない輝きを見せている。
ところで僕はこの映画を中盤まで「ドキュメント」だと思って見ていた。それくらいトーニャ役のマーゴット・ロビーのやさぐれ具合は素晴らしいし、鬼悪魔な母親を演じたアリソン・ジャネイも素晴らしい。エンドロールで実際の母親が出てくるが、それもほぼ同一人物だった。ぜひ、世界中の人々が見ていただきたい映画である。

いわい ひでと/1974年生まれ。劇作家・演出家・俳優、ハイバイのリーダー。「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。

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◎シアタービューフクオカ vol.72掲載(2018.4発行)

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