コラム・野間口徹 舌の根も乾かぬうちに… eps.15
シアタービューフクオカで絶賛連載中「舌の根も乾かぬうちに…」福岡県出身、TVや映画等で活躍中の俳優・野間口徹さんのコラム。本誌と併せてお楽しみください!
eps.15
KERA・MAP「グッドバイ」の地方遠征で、松本に行ってきました。思い出の地、松本。初めて地元・北九州を離れ、一人暮らしした場所。20年以上も前になるのだなぁと感慨ひとしおでした。
持ち前の環境適応能力の低さのせいで、何日も何日も部屋から出ず、レンタルビデオ屋で借りてきた「ツイン・ピークス」を日がな一日見ていた思い出。
飲み屋街の小さな居酒屋でアルバイトを始めたものの、店長が作る賄い料理の量がとても多く、しかも猛スピードで完食しないとブツブツと文句を言われるため、小食の僕は、それに耐えられず辞めた思い出。
山岳部に入ろうと思い、新入生歓迎コンパに行ったものの、幹事の先輩方の強要するテンションに全く着いて行けず、コンパの途中でフェードアウトしたこと。
上半期で留年が決定していたこと。
山の中にある温泉ホテルで、布団を敷くアルバイトを嬉々としてやっていた思い出。
そして頑張って働き過ぎたため、古株のおじさん、おばさん達から「働き過ぎないでくれ」「迷惑だ」「辞めてくれ」と言われたこと。
先輩から合コンに誘われて行くものの、女性はおろか、男性陣とも一言も口を聞けず、二次会のカラオケでTHE虎舞竜の「ロード」を歌ってドン引きされて、トイレに行くフリして帰ったこと。
それから数日後に先輩からチビるほど怒られた思い出。
家賃が安くなるからと、友人達と共同生活を始めるも、僕一人だけ一ヶ月も経たないうちに音を上げてしまい、逆に引っ越し代がかさんで、苦しくなってしまった思い出。
引っ越した矢先に夜通し麻雀をやって、追い出されそうになったこと。
普段は仏のような顔の大家さんが、鬼瓦と見紛うほどの形相になり、家の玄関先で2時間以上立ったまま説教された思い出。
女鳥羽川の河原で独り酒をして、そのまま寝てしまい凍え死にそうになったこと。
オンボロ安アパートで室温がマイナスになり、室内なのに凍え死にそうになったこと。
雪の日にバイクに乗り、凍った路面で大ゴケして車体に挟まれ起きられなくなり、凍え死にそうになった…こと。
奮発して高い革ジャンを買ったものの、信州の寒さは革ジャンでは対応しきれず、これまた凍え死にそうにな…った…こと…。
ある時期、誰とも会わない日が続き、独りぼっちで心が凍え死にそうになったこと…
全てが…ウウっ…いい…とてもいい学生時代の松本でのウウウウっ…思い出です…
なぜこんなことばかりを!?はっ!分かった!劇場から一歩外に出た途端のあの痛い寒さだ!それがツラい思い出だけを思い出させた原因だ!寒さ怖い!思い出したくない!
ただ最後に、いつも凍え死にそうになりながら見上げた星は、日本中のどこの空で見たそれよりも美しいことも思い出した。
●のまぐちとおる/1973年生まれ、福岡出身。俳優。コントユニット「親族代表」と、劇団「ピチチ5」に所属。映画「愛を語れば変態ですか「日本のいちばん長い日」