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自意識過剰な日々を綴った『苦汁100%』尾崎世界観インタビュー

INTERVIEW

今、日本のロックシーンを牽引するバンドのひとつとして、注目を集めているクリープハイプ。そのフロントマンであり、初小説『祐介』が話題をさらった作家・尾崎世界観が自意識過剰な日々を赤裸々に綴る『苦汁100%』。“毎日日記を書く”ことを自らに課し、その日常を、時に可笑しく、時に美しく詩的に書かれた本作は、まさに“苦汁”の日々だったようだ。

◆この日記を書くきっかけはどういったことだったのでしょう?

毎日日記を書くということを、ずっとやってみたかったんです。日記といってもこちらでピックアップした日だけを掲載するのではなく、本当に毎日のことを書くというのをやりたかった。バンドでメジャーデビューしたばかりの頃に、そういう形で連載をしたいという話をしていたのですが、今のタイミング(デビューしたばかり)で、それをやっても興味をもってもらえるか難しい、ということでした。その数年後に、もともと大好きで読んでいた水道橋博士の「メルマ旬報」で書かせて頂けることになったんです。このメルマガは、書いている方も結構コアな方が多かったので、たとえ僕のことを知らなくても、面白がってもらえるんじゃないかと思いました。それに僕のことを知らない人に読んでもらえる方が、やりがいがあるんじゃないかとも思いました。だから、バンドのファンの人に向けて書いているのではなく、文章を読むのが好きな人に向けて書いていました。

◆書籍になり、改めて自分の日常を客観的にみて、どう感じられましたか?

まず、実際に体験した時と、それを文字に書いた時、その月ごとに最後に一度、見直して細かく修正をするので本になる時には、連載から5回くらいは読み直していて、濃密に過ごした気持ちになりました。改めて文字にしたり、目で追って読んだり。今までなんとなく過ごしていた小さなところに気づく部分も多かったですね。ここはもうちょっとこういう風に感じればよかったなとか、反省する部分もあります。毎年この密度で過ごしていたら、早死にしそうですけどね(笑)。

◆音楽に対する愛と、人に対する愛情がとても深い方だなと感じました。これを書くことで何か音楽に影響したことはありますか?

歌詞は文字ですけど、それって感覚に近いものなんです。今まで文章を書いていると思って歌詞を書いていたんですけど、小説を書いたり、こうやって毎日長めの文章を書いていく中で、歌詞は文章ではないなと改めて思いました。音楽はバンドの演奏や、メロディーラインというものにすごく動かされています。そこに言葉がパズルのようにはまっていく。自分の音楽についての考えを改めて文章にすることで、自分のやりたい音楽というものを整理して考えることもできました。逆にわからなくなることもありましたけど(笑)。

もちろん、文章で書くべきことではない瞬間もたくさんあるんです。ツアーをしていると同じことの繰り返しで、本番はもちろん変わりますけど、リハーサルまではほぼ変わらないルーティンなんです。僕は外にも出ないので、前日に遊びに行ったりするわけでないし、ずっとホテルにいて、時間が来たら会場に行って、リハーサルをして。楽屋の景色も大して変わるわけではないので。でもそういう淡々とした日々を書き続けるのは、大変でしたが、面白かったですね。ここまで音楽を、言葉に、文章にして噛み砕く、みたいな事をしている人は、あまりいないと思うんです。だから今でも意味のあることだと思っていますし、これからもっとちゃんと、その意味を音楽に還元したいなと思っています。

◆「大事なことは書かない」と本にも書かれてありました。日常のたくさんの出来事の中から書くための取捨選択には、何か基準があったんですか?

書こうかどうしようかと考えた時に、わざわざ書くに満たないものは、書くのをやめようと思っていて。なんでもない日だからこそ、意味のある文章で補わないといけない。例えば自分の中に大きな出来事があって、嬉しかったことや、大事だと思えた日は、その時点で、書く必要がないんです。ちゃんと自分の基準を超えている出来事に関しては、それが大きければ大きいほど、書かないという方向に持って行こうと思いました。書かないというのは、書かなくてもちゃんとやれている実感がある、ということなんです。
逆にうまくやれてないなと思う事ほど、文字にして書いておけば、実際に自分が取りこぼしていたものが拾えるんじゃないかと。それを、面白可笑しく楽しんでもらえるレベルまで文章にすることができれば、それを毎日続けて行く事で、自分の筋肉になって行く。筋トレみたいな感じですね。だから毎日日記を書く事は、ランニングをしたり、腹筋をしたりしているような感覚に近いんです。もちろん面倒くさいですよ。でも自分で書くと決めた以上は、やらないといけないと思っているんです。あと10回腹筋して寝よう、みたいな感じで続ける事で、他の文章を書く時に、ちゃんと筋力が付いてきて、しっかり書ける事が増えてきましたね。

◆だんだん書くことが楽になってきた感じですか?

そうですね。逆に難しくなる部分もありますけど、前よりは書くということに対する瞬発力も大きくなったと思います。

◆毎日書き続けることで、尾崎さん自身になにか変化はありましたか?

日記を書くということを、自分の自慢みたいなことにしたくなかった。メールマガジンも書籍もそうですが、お金を払って読んでいただいているということは、常に意識をしていて、たまたまその題材が自分の日常だった。だから日々の記録というよりももっとシビアなもので、自分の何でもない日常を書いているんだけど、自分だったらこれにお金を払うか?と考えて書いています。人に食べさせるご飯を作っている感じですね。自分だったら鍋のまま食べたりするけど、人に食べてもらおうと思うとちゃんと盛りつけないといけない、というような文章の書き方はしています。

◆とても個性的な比喩表現だからこそ、共感しやすい部分もたくさんありました。その表現というのは、思いつくものですか?考えて出しているものですか?

考えていますね。気持ちを素直に表現できる簡単な言葉はあるんですけど、それでは僕自身の気持ちが伝わりきらない。でもどっちかな……。ずっと考えているから、そういう気持ちになるのか、そういう気持ちになったから考えたのか、追いかけすぎて逆に追われているみたいな感覚になっていますね(笑)。

◆そうなると、いつもその事を考えたりしませんか?

もう切りがないです(笑)。日記は、一日分を書き終わってもすぐ次が始まるし。かといって、一日でも抜けたらもったいない。だから、こうして書籍になって残るとすごくうれしいです。

◆ファンの方の反響を感じたことはありますか?

面白いです、と言って頂くこともあって素直にうれしいです。でも電車の中で読んで笑っちゃいましたとか言ってもらうのがちょうどいいですね。「SPA!」の風俗レポートとかと変わらないテンションで読んでもらえたらと思います。

◆確かにライトに読めますよね。

僕としてはライトに読ませる、というイメージですね。でも、そこにちゃんと刃物は仕込んであるので。

◆とてもリズム良く読める文章だと感じましたが、そもそも文章を書くことに興味を持たれたのはいつ頃ですか?

昔から好きではありました。自分の音楽に文章を付けて補ったりとかもしていました。インディーズの頃に出したCDには四つ折りで紙を一枚入れて、かなりの長文で曲を全部解説したり。「一曲目のベースラインがしっかりと土台を支えて、その上を自由に泳ぎ回るギターフレーズ……」みたいな感じで、音楽雑誌に書いてあるようなことをいっぱい書いて、最後に、・・・というレビューをいつか書かれたい、と落としたり。

自分が作った音楽を責任を持って届けたり、守ったり、逆に攻撃したりする武器として文章は必要でした。歌詞だけでは伝えきれない。書いた歌詞に自信を持っているからこそ、ちゃんと伝えたい。そんな思いがあったからやっていたと思います。それを誰もやってくれかなったら伝わらないのと同じじゃないか、という意識が常にありましたから。だからそれを自分でやっていました。

◆映画「帝一の國」の楽曲制作のことに触れられていて、大変な思いをされて作っているんだなと感じましたが、映画に限らず、映像作品に音楽をつけるという創作の際はいつも大変なんですか?

実はすごく好きな作業なんです。お題があって、それに答えるというのは、得した気持ちになるんですよ。音楽を作る時は、最初にテーマを考えるのが一番難しい。タイアップやCM曲などをやらせていただく時は、お題をもらえるので、僕にとっては難しい部分をやってもらったという感覚で、縛り付けられている感覚は全く無いんです。この本にも書いていますが、一番最初のタイアップがアネッサ(資生堂)の15秒のCMで「YOU」という言葉を5回、「SUN」を2回入れるという指定があって、さらにその言葉を12秒の部分に入れてほしいと言われたんです。だからサビで歌詞を入れて、尚且つ始まって12秒のところにそのフレーズが来るように計算して作るという。たぶん、これ以上難しいオーダーはないだろうと。それを最初にやって、「憂、燦々」という曲ができて、ある程度ちゃんと世の中にも受け入れられたので、もうタイアップ曲に対して、不自由を感じることはないですね。

◆とてもロジカルな作り方ですね。

そうでもないんですよ。最初だったので、オーダーされた意味もよく解らず、僕はパソコンで曲を作れないので、ただひたすら勘で作る。夏の暑い日にパンツ一丁で、当時住んでいた古いアパートの玄関で作ったのを覚えています。いい曲ができた!と思っても計算したら全然合わない。書いては直しの繰り返しでした。そうして出来上がった曲を会議室のようなところにギターを持っていって、生で歌ったんです。そこで自分が一番いいと思っていた曲を選んで頂けたんですけど、実はいくつか候補曲を作った中で、おすすめの曲を一番気合い入れて歌ったんですよ。もうこれに決め欲しい!という気持ちで(笑)。

◆後半の注釈も、また別のエッセイのようで読んでいて面白かったです。

実はあそこを書いている時が体力的にも一番ヤバかったんですよ。人生で一番限界の時でした。バンドのツアーもあったし、曲作りもレコーディングもあって、この本の注釈も書きながら、その毎日の日記も書いていたし、あとふたつくらい原稿の締め切りも重なっていたんです。もうパニックでしたね。どう遅らせるかって(笑)。「ダ・ヴィンチ」で書いていた短編と千早茜さんとの共著の締め切りも超えていたので、その時は怒られました。「ホントにわかってますか?困る人がいっぱいいるんですよ」って。20歳過ぎて初めて大人に怒られました(笑)。

◆メンバーからの感想はありましたか?

特になにも言われてないんですけど、唯一言われたのが、ギターの小川(幸慈)くんに「ないない」シリーズのところがよかったって。お墓がない、免許がない、お金がない、シブがき隊のナイナイシックスティーンのところがよかったと、そこだけ褒められました(笑)。

 

尾崎世界観(おざき・せかいかん)
1984 年、東京生まれ。2001 年結成のロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル、ギター。多くの人から言われる「世界観が」という曖昧な評価に疑問を感じ、自ら尾崎世界観と名乗るようになる。12 年、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビューし、日本武道館公演を行うなど、シーンを牽引する存在に。男女それぞれの視点で描かれる日常と恋愛、押韻などの言葉遊び、そして比喩表現を用いた文学的な歌詞は、高く評価され、独自の輝きを放っている。16 年に刊行された初小説『祐介』は、「アメトーーク!」で読書芸人大賞を受賞するなど、大きな話題となった。

 

 

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定価:本体1,200円+税

 

 

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