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誰に愛され、誰を愛したのか。
悼むことを通して浮かびあがる真実が、
あなたの大切な「記憶」を呼び起こす。

悼むこと、それは愛を憶えておくことーーー天童荒太の70万部突破、直木賞受賞作『悼む人』が強烈な“映像体験”として再生した。人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか。ふいに目の前から消えてしまった者に対して誰もが抱く行き場のない思いをどうすたらいいのか。

圧倒的な映像美と、演技派キャストによる魂を削るような壮絶なドラマとなってスクリーンに。

 

■オファーを受けた時の率直な感想と、それぞれの役をどのように演じられましたか?

高良
僕は、脚本も原作も読ませていただいて感じたのは、どう演じるかというよりも、どういう風にこの映画の中で存在したらいいんだろうということでした。主人公の静人がやっている行為というのは、人に褒められたくてやっているわけでは無いですし、誰かにアピールするためでもない。その気持ちは、絶対に自分に向いているし、そこにあった命に対しても向いているのですが、すごく半径が狭いと思うんです。そういう人間の姿を、観てくださるお客さんに向かって演じると、この静人という人間がぶれる気がしたんです。ではどういう風に映画の中で居たらいいのだろう、演じたらいいのだろうというのが、最初に台本を読んだ率直な感想でした。ですので正直、僕はこの役に対して客観性はなかったと思います。ほとんど主観でした。自分が思う静人という人を、自分の中からやっただけなので、それが正しいか正しくなかったかはわからないです。でもそういう気持ちになりましたね。

石田
私は、原作を読んだ時に、とても感銘を受けて、映画のお話があると聞いて自分で立候補したんです。それが叶って、夢のようだったんですけれども、自分で立候補したにも関わらず、この役のあまりの難しさに、とても悩んでしまって。この奈義倖世さんという人の人生は、想像しても想像しきれなくて。この悲しさや辛さをどうやって演じたらいいんだろう?ととても考えました。でも結局出た答えは、考えすぎないというか、技巧的なことは私にはないので、自分の人生を、撮影期間はこの人に捧げよう、そういう気持ちしかありませんでした。役作りという言葉はあまり好きではないのですが、その気持ちだけで撮影していたように思います。

■高良さんはデビュー10周年に当たる歳に出会った作品ですが、特別な思いはありましたか?またお二人、完成した作品をみた感想は?

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高良
10年目というのは、大切にしたという思いはあります。自分が仕事を始めた時に10年後の自分は想像できなかったですし、想像していてもここまで頑張れているとは思わなかったんです。ちゃんと続けられているということが、自分に対してビックリしているんですけど。10年目だからこそ、気づけることがたくさんあるんだと改めて感じています。もちろん毎年毎年気づくことはたくさんあるのですが、全然違う毎日ですし、同じ現場はひとつもなかったし、同じ役もないですし。だからこそ10年目にこれがやりたい、という思いが自分の中にあって、それは溢れ出るものだけじゃないものを、きちんと自分の中に落とし込めたらと思っています。若い時って、溢れているだけでいいという時もたくさんあったと思うんです。僕がやらせていただいた作品の中でも“若さ”で突き通せる作品もあったように思います。でもそれじゃない、今、27歳になって、それも含めた全てをコントロールする強さが欲しいですね。今、そうするにはどうしたらいいのか、と考えながら現場に立っていますね。

出来上がった映画を観て思ったことは・・・。この映画自体は受け取り方が自由な映画だと思いました。家庭環境にしても、兄弟、家族構成それぞれの立場から見るのでも違うと思いますし、今日観るのと明日観るのでも全然違うと思います。本当に受け取り方が自由な映画です。作品のテーマでもある「死生観」というものを人に押し付けるのは、映画の中であまりしたくないですが、観る人によって違う感じ方ができる映画になっていたと思います。

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石田
私はこの映画の試写を2回観ました。通常は1回観て終るんですけど、1回目は自分ばかりが気になって、全体が観れなくて、なんかもの凄く見逃していると思ってもう一度観ました。そしたら今度は涙が止まらなくて、どちらも極端で私も客観性がないなと思いますけど、確かにこの映画は観る人によって感想が違っているんです。年齢によってもその人の境遇や、その時の気持ちなど、様々。賛否両論ありますが、でも本来映画というのはそういうものだし、観やすい映画ではないかもしれないけど、お腹の中に眠っている何かをかき混ぜるような、そういう激しさを持っている作品だと思います。そんな映画に参加できて本当に幸せでした。ですので、観た方が、正直に忌憚のない意見を教えてくれたらなと。それはいい感想じゃなくても全然わからなかったと言われてもそれはそれで、そういうものだと思うし。自由に観られる作品だなと思いました。

■主人公の静人が劇中で「悼む」行為を繰り返しますが、お二人は「悼む」行為についてどのように感じられましたか?

高良
思い出すことや、その人を思うことで、亡くなった人は、悼む人の中に生き返るのだと思っていて。主観的になりすぎると、生きてる人が会うという行動を取らないと、その人は居ないということになってしまう。でも客観的になれると、会っていなくても居ることが感じられるというか。「悼む」という行為をすることは、亡くなった者に対して、命に対して、思い出すことだから、その人が生きていたことを覚えておく、ということなのかなと思いますし、また悼んでいる人の心の中で、亡くなった人を生き返らせる行為なんだと思います。ふと思い出した瞬間に、その人は生き返るんですよね。それって自分自身でもやっていきたいことですが、静人みたいに色んな命に対して、できることはスゴいと思います。あんなにできなくても、自分がしなければいけないのは、身近なものに対してはやっていきたいですね。そういう風に、考え方は変わりましたね。

石田
私は、高良くんの演じる静人を一番近くで、一番長い間観て来たと思うんですけど、確かに静人という人は彼の主観がないんです。彼の周りにいるみんなを通して、彼をあぶり出している映画なので、私は倖世という役を通して彼を観ていて、倖世としては、この人に殺してもらいたいという思いでついて行っている筈なんですけど、私の身体を通して彼を観ると、この人は救ってくれるような気がする。という感じがするんです。もちろん、高良くん演じる静人はそんなこと思わずに居るのですが、この人について行ったら楽になるかもしれないと思わせる。それは、誰に愛され、誰を愛し、何をして感謝されていたか、というこの映画における3つのキーワードが、その人の人生を全肯定する。暗い悲しい面ではなく、明るい愛の側面というか、愛情のある部分を覚えておこうとする。その考え方を、この原作を読んでも、映画を撮っていても知ることになって。今まで悼むこととか、ほとんど考えたことなかったのですが、そういう気持ちを持ちたいなと真面目に思いましたね。

■この作品は、堤監督ご自身も思い入れがあるとお聞きしましたが、演じるにあたって監督とどんな相談をされましたか?

 高良
静人がやっている行為というのは、もしかしたら批判されることかもしれないと僕は思っていて、傷つく人もいるかもしれないし、救われる人もいるかもしれない。もしかしたら普通に煙たがる人もいると思います。だけど、僕はこの人がやっていることを否定されたくないんです。彼の人間性というか。だからそうするにはどうやって演じたらいいんだろう?ということは、堤監督とよく話しました。それは演じるというよりは、作品の中での居方の話だったと思います。最後までぶれない、それとポーズにならないということ。それはいつも大切にしていることです。特に静人はそれをすごく意識しながら堤監督とも話ながらやりました。僕が考えすぎて、どこかお客さんに対して気持ちが向いてしまったら、静人の行為は一気に芝居臭くなるんですね。それだけはならないように気をつけていました。

石田
色んなことを監督と撮影に入る前に話したんですけど、とにかく見たことのない石田ゆり子を見せたいと仰っていただいて、それが一体どういうことなのか、具体的に私にはわかっていなくて。ただ私は、この奈義倖世さんという人は、辛い悲しい人なんですけど、自分の芯が無い人にはしたくなくて。本当は心のどこかで自分に怒っているんじゃないかなって考えていました。むしろそうであって欲しいと思ったんです。自分を甘やかして私は可哀想と思って欲しくない。全部自分で選んできたことなので。そういうことを、結構監督と話し合いました。

 

 

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『悼む人』
2.14 sat.全国ロードショー

◎監督:堤 幸彦
◎脚本:大森寿美男
◎出演:高良健吾、石田ゆり子、井浦 新、貫地谷しほり、椎名桔平 / 大竹しのぶ 他
◎音楽:中島ノブユキ
◎原作:天童荒太「悼む人」(文春文庫刊)

〈2015年・日本・138分〉 http://www.itamu.jp/

(C)2015「悼む人」製作委員会/天童荒太