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北九州芸術劇場からスタートする舞台「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」。原作は、数々のメディアで取り上げられているにも関わらず、今だに高い人気を博している。おそらく最後のメディアとして上演されるであろう、この舞台は、気鋭の人気劇作家・蓬莱竜太氏とこれまた面白い舞台にはこの人アリ!というほどの活躍をみせているG2氏の初コラボとなる作品。その原作について、舞台をどんなものにしたいかなど、シアタービューフクオカではお馴染みのG2さんにガッツリインタビュー。

■まず原作を最初に読まれたときの印象を聞かせてください。

すごいなあ、の一言です。最初の10何ページくらいでこれもう絶対面白い!っていう感じがして。その期待を最後まで裏切られなかったですね。そしてちょうど、自分の母親がちょっとやばい時だったので。そういうタイミングだったというのもあったのかもしれないですね。

■では、その時の自分と近い感じだったんですか。

近いというか、たまたまそういうタイミングで読んだんですけど、かたや母親と非常に良いつながりを持っていて、かたや母親に対してものすごい親不孝で。まずその人間的なというか、人としての格が違うなと感じてしまいましたね(笑)

■でも読む人自身の、お母さんとの関係性によって受けるイメージが違うっていうのはありそうですよね。

ものすごく、それがショックで。

■印象的だった場面はありましたか?

すごいなと思うのは、よくもまあ、あれだけの細かいディテールに渡ることを、すべて書き上げたなということですよね。こないだ久々に読み返したんですよ。舞台用の台本が上がって、そろそろ演出を考えないといけないなあっていう段階で。この人間関係どうなってるんだとかなんとか、この時、この人はどう思ったのかなあとかっていう疑問が沸いてきたりして。そこを読み返してみると、ちゃんと答えが書いてあるんですよ。1回目には読み飛ばしてる部分を2回目読むと、お!とか思ったりして。だからそういう意味で、その2回目に読んだ感想は、1字も少なくなく、1字も多くなく書いてあるって感じたこと。自分の母親について、文字数ぴったりな感じがね、これ以上長く書くと蛇足になり、これ以上少なくなると舌足らずになるギリギリジャストミートな文章量だと思うんですよ。それがすごいと思いましたね。

■この舞台で伝えたいことはありますか。

いろんなエピソードがあるけれど、もうひたすら親子の関係がそこにずっとあるわけじゃないですか。高校でひとり暮らしをしたりとか、そこからずっと会って無くて母親が東京に来たりとかっていうのはあるけど。それで作者も大人になって、30後半になったか40になってからの、反抗期とかっていうことがあるにしても、どこを切り取ってもこの2人の関係性が変わらないことがすごいと思ったんです。そういうものを舞台でみせたいですね。

■G2さんのお母さんに対する感覚とは少し違うということですが、どんな感じなんでしょう。

親父が星飛雄馬の父親みたいな人でね。巨人の星の勉強版みたいな親父だったんです。それに対しておふくろは、別に勉強出来なくていいんじゃないのとか、どうせこの子はハタチ過ぎたらとびだしてって帰ってこないような子だから、今から諦めといた方がいいよとか、それを親父に言ってたのは憶えてますね。

■でもやっぱりお母さんは味方だったんですよね?

親父の前では味方なんだけど、居ないときはやっぱりなんかこう、口うるさい母親で、めんどくさかったですね(笑)でも「東京タワー」で書かれてる親子関係って、すごい異常だと思いますよ。異常というのか、特別だと思うんです。だってまず母子家庭だし、それでグレないでずっと作者は成長しているし。母子家庭だけど離婚しないままずっと来てて、母親の葬式にもオトンが来るっていう関係っていうのはかなり珍しい。筑豊の町で育ったっていうのも相当特殊ケースだし。みんながね、これは普遍的なテーマだって言うんだけど、僕は読んだ時に、絶対普遍的なテーマだと思わなかったですね。すごく特殊な親子の関係なんだけど、でも愛の話だから心打たれるわけですよ。で、自分に置き換えると自分は月並みな親子関係だから、がっかりするわけ(笑)親がうるさいとか、ちょっとそんなに良い関係じゃないっていうか、歳とってからは親の顔見に行ってないとかさ、そういうのってよくあるし。だから普通に比べると相当特殊な愛の物語だから。僕は全然普遍的なことだと思っていなくて。読み手側が普遍的に変化させる、その変化球を自分に戻せるっていうことなんだと思う。

■そ先日、原作の舞台となっている筑豊の方を見に行かれたそうですが、どんな感じでしたか。

最近はね、自分が行ったことの無い土地の話はやらないようにしているんですよ。もしくは、やるならその土地に行ってみる。それを決めてやりだしたら面白いんですよ、結構。まあ行くといっても、例えば「アワ・ハウス」っていうミュージカルやった時は、ロンドンの中心街からちょっと離れたとこにカムデンタウンという街があるんです。ある種ロックのメッカになっている街なんですけど、そこが舞台になってるから行ったんですよ。でも最近は10年前のカムデンとは違うよって言われたんですけど、それにしても行きたいんですよ。その街を歩きまわると、カムデンに生きている人達を描くっていうことが、自分の中でも、あんまり嘘じゃなくなってくる。そうすることによって、色んな事が嘘じゃなくなるっていうか、その、大体こんなもんだろっていうあやふやなものじゃなくなってくるんですよ。だから今回も筑豊の町を一度見てみたかったから、加賀さんをお誘いしたんですよ。加賀さんは普通の住宅地になっている筑豊の町を見てちょっと拍子抜けされたんですけど、僕は石炭博物館に行って昔の写真とかを見てきているから、その写真と照らし合わせて、ああ今ここだなって思ったりして。で、そうやって町を見ると、自分にはもう、昔の筑豊の町が見えてくるんです。だから、それはそういうものとして、加賀さんに、お母さん、ここには前に駅があったんだよとか、そこが商店街ですよ、とかって話しながら。

■そうなんですね。じゃあ、その土地の匂いっていうのを、なんとなく感じて。

一回寂れて、そこからもう一回ちゃんと住宅地になっていて。普通に住宅地なんだけど、こういう所に住んでもいいんじゃん、と思いましたね。

■今回脚本を担当された蓬莱さんは文体の匂いをそのまま残した脚本を作りたいっておっしゃっていましたがいかがですか?

元々原作のファンで、出版されたばかりの頃に、色んな人にこれ面白いよって紹介していた時があるんですよ。今回のプロデューサーにもそれを話したら、それだけ良いっていうんだったら舞台化したらどうかなって話をもらったんです。でも原作を読んで面白いのと、自分がやるのは違う場合があるから、どうしようかなって考えたんですけどね。それで、蓬莱君が脚本を書いてくれるならって言ったら、彼、原作も読んでないのに引き受けたんですよ(笑)その後、原作読んで「大変ですわーっ」て言ってましたけどね。なぜかというと蓬莱君の書きそうな話のような気がしたのと、一回一緒にやってみたかったので。彼は非常に頭の良い人だなと思いましたね。最初に、こんな舞台にしたいって事を書いた紙を貰ったんですよ。そこに書かれてあることが大変明確で、それに僕も賛成して。後は僕の方から、「原作の抜粋と僕が気に入ってるエピソードと文章はこれなんで、一応参考までに渡しときます、これやってくれという命令ではありません。僕はちなみにここが好き」って。

■ちなみにその、好きな部分はどこだったんですか?

いや、それはいっぱいありますよ。それ全部やったら2時間に収まらないっていうぐらい(笑)これは蓬莱君と僕自身が同じように思っていたことなんですけど、「東京タワー」っていう本を、舞台化するときに何が一番強いかっていうと、あのリリー・フランキーさんの目線なんですよ。その目線というのは、小説の場合はエッセイ的な部分が時々出てきて、そこがすごく面白い。それがあって、事実を記述するところがあってということの繰り返しが面白いんだけど、ドラマになるとどうしてもナレーションが増えてくる。映像作品でナレーションっていうと軽い感じになっちゃうことがあるんですね。ナレーションを入れるっていうのは、本当は相当難しいテクニックなんです。簡単に使っちゃうからこそ、本当に効果的に使うのは難しいしし、それを解っている人は絶対使わないんですけどね。舞台の場合はモノローグっていうのが、すごく強い武器なんです。そのモノローグが使えるという意味では非常にリリー・フランキーさんの目線に近いものを舞台に持ち込むことが出来る。但しその舞台に持ち込んだ場合、セリフはリリーさんが書いた通りがいいんだけど、蓬莱君書いてくれる?って話をしたんですよ。そしたら引き受けてくれて。

■メディアミックスされ尽くしていて、舞台って最後じゃないかと思うんですけど。それについてプレッシャーみたいなものがあったりしますか?

こんなに色んなところが取り上げるとは思わなかったんですけど。僕の中ではちょっと特殊な愛の話だと思ったし。いわゆる、母親の話がそんなに流行ると思わなかったからね。それは誤算なんだけど。だから俺としては舞台やるって決めたときに、舞台を観に来た人が、こんな原作あるんだっていって、原作読んでくれれば良いなと思って決めたんだけど、いまやそんな必要が無いじゃない!(笑)今は、そのことに関しては、もうあんまり気にしないようにしようとしていますけどね。元々そんなことを考えて始めたわけじゃないし。

■キャストの方々について聞かせてください。4人主要な方はもちろんですが、それ以外の役者さんも、実力のある個性派が揃っていますけどリクエストだったんですか。

津村くんはね、蓬莱君の推薦なんだけど、彼の劇団の芝居を観に行って、津村君が気になってたから、あ、丁度良かった、推薦とリクエストが一致して良かったなあと。後は、千葉さんがね、実は初めてなんです。一緒に飲んだりよく話しもするし、自分では仕事やってるかのように思っちゃってたんだけど。実は初めてで(笑)後はもう、信頼できる役者さんたちばかりですね。

■観る人のイメージがある程度、出来上がっているものを、改めて舞台にするって、難しくないですか?

声を大にして言いたいのは、ドラマ観たからとか映画だけを観て、原作を読んだ気になってる人は、ちょっと考え方を改めて欲しいんですよ。この作品の一番のエッセンスは母親が亡くなってからのリリー・フランキーさんの目線の面白さなんだよね。そこが加わって初めて面白いと思うから。まあ舞台嫌いな人は舞台観に来なくて良いから、原作は読んで欲しいと。で、原作読むのが面倒くさい人は、舞台に来て下さいと(笑)。

■そうですか〜。楽しみですね〜。

それと今まで自分の中で一回、まあ何回かでもいいんですが「東京タワー」見てるよっていうのは一回捨ててもらった方が良いかなーと。改めて観て欲しいですね。というのと、多分、「笑う」ということに関しては、一番笑えますよ。舞台が。

■北九州が原作の舞台ってことで、多分他の土地で観られる人よりは、シビアに観られるんじゃないかと思うんですけど。それについては何か考えていらっしゃいますか(笑)

「東京タワー」って原作を読んでる人はもう仕方ないとして、映画とか、ドラマだけの人は一回それを忘れて観に来て欲しいな。っていうのと、まあ「東京タワー」という作品でどんだけ笑えるかっていうのを、ちょっと体験していただきたいなと。

■北九州芸術劇場からスタート、楽しみにしてます!

「東京タワー」って原作を読んでる人はもう仕方ないとして、映画とか、ドラマだけの人は一回それを忘れて観に来て欲しいな。っていうのと、まあ「東京タワー」という作品でどんだけ笑えるかっていうのを、ちょっと体験していただきたいなと。

すごいなあ、の一言です。最初の10何ページくらいでこれもう絶対面白い!っていう感じがして。その期待を最後まで裏切られなかったですね。そしてちょうど、自分の母親がちょっとやばい時だったので。そういうタイミングだったというのもあったのかもしれないですね。

■では、その時の自分と近い感じだったんですか。

近いというか、たまたまそういうタイミングで読んだんですけど、かたや母親と非常に良いつながりを持っていて、かたや母親に対してものすごい親不孝で。まずその人間的なというか、人としての格が違うなと感じてしまいましたね(笑)

■でも読む人自身の、お母さんとの関係性によって受けるイメージが違うっていうのはありそうですよね。

ものすごく、それがショックで。

■印象的だった場面はありましたか?

すごいなと思うのは、よくもまあ、あれだけの細かいディテールに渡ることを、すべて書き上げたなということですよね。こないだ久々に読み返したんですよ。舞台用の台本が上がって、そろそろ演出を考えないといけないなあっていう段階で。この人間関係どうなってるんだとかなんとか、この時、この人はどう思ったのかなあとかっていう疑問が沸いてきたりして。そこを読み返してみると、ちゃんと答えが書いてあるんですよ。1回目には読み飛ばしてる部分を2回目読むと、お!とか思ったりして。だからそういう意味で、その2回目に読んだ感想は、1字も少なくなく、1字も多くなく書いてあるって感じたこと。自分の母親について、文字数ぴったりな感じがね、これ以上長く書くと蛇足になり、これ以上少なくなると舌足らずになるギリギリジャストミートな文章量だと思うんですよ。それがすごいと思いましたね。

■この舞台で伝えたいことはありますか。

いろんなエピソードがあるけれど、もうひたすら親子の関係がそこにずっとあるわけじゃないですか。高校でひとり暮らしをしたりとか、そこからずっと会って無くて母親が東京に来たりとかっていうのはあるけど。それで作者も大人になって、30後半になったか40になってからの、反抗期とかっていうことがあるにしても、どこを切り取ってもこの2人の関係性が変わらないことがすごいと思ったんです。そういうものを舞台でみせたいですね。

■G2さんのお母さんに対する感覚とは少し違うということですが、どんな感じなんでしょう。

親父が星飛雄馬の父親みたいな人でね。巨人の星の勉強版みたいな親父だったんです。それに対しておふくろは、別に勉強出来なくていいんじゃないのとか、どうせこの子はハタチ過ぎたらとびだしてって帰ってこないような子だから、今から諦めといた方がいいよとか、それを親父に言ってたのは憶えてますね。

■でもやっぱりお母さんは味方だったんですよね?

親父の前では味方なんだけど、居ないときはやっぱりなんかこう、口うるさい母親で、めんどくさかったですね(笑)でも「東京タワー」で書かれてる親子関係って、すごい異常だと思いますよ。異常というのか、特別だと思うんです。だってまず母子家庭だし、それでグレないでずっと作者は成長しているし。母子家庭だけど離婚しないままずっと来てて、母親の葬式にもオトンが来るっていう関係っていうのはかなり珍しい。筑豊の町で育ったっていうのも相当特殊ケースだし。みんながね、これは普遍的なテーマだって言うんだけど、僕は読んだ時に、絶対普遍的なテーマだと思わなかったですね。すごく特殊な親子の関係なんだけど、でも愛の話だから心打たれるわけですよ。で、自分に置き換えると自分は月並みな親子関係だから、がっかりするわけ(笑)親がうるさいとか、ちょっとそんなに良い関係じゃないっていうか、歳とってからは親の顔見に行ってないとかさ、そういうのってよくあるし。だから普通に比べると相当特殊な愛の物語だから。僕は全然普遍的なことだと思っていなくて。読み手側が普遍的に変化させる、その変化球を自分に戻せるっていうことなんだと思う。

■そ先日、原作の舞台となっている筑豊の方を見に行かれたそうですが、どんな感じでしたか。

最近はね、自分が行ったことの無い土地の話はやらないようにしているんですよ。もしくは、やるならその土地に行ってみる。それを決めてやりだしたら面白いんですよ、結構。まあ行くといっても、例えば「アワ・ハウス」っていうミュージカルやった時は、ロンドンの中心街からちょっと離れたとこにカムデンタウンという街があるんです。ある種ロックのメッカになっている街なんですけど、そこが舞台になってるから行ったんですよ。でも最近は10年前のカムデンとは違うよって言われたんですけど、それにしても行きたいんですよ。その街を歩きまわると、カムデンに生きている人達を描くっていうことが、自分の中でも、あんまり嘘じゃなくなってくる。そうすることによって、色んな事が嘘じゃなくなるっていうか、その、大体こんなもんだろっていうあやふやなものじゃなくなってくるんですよ。だから今回も筑豊の町を一度見てみたかったから、加賀さんをお誘いしたんですよ。加賀さんは普通の住宅地になっている筑豊の町を見てちょっと拍子抜けされたんですけど、僕は石炭博物館に行って昔の写真とかを見てきているから、その写真と照らし合わせて、ああ今ここだなって思ったりして。で、そうやって町を見ると、自分にはもう、昔の筑豊の町が見えてくるんです。だから、それはそういうものとして、加賀さんに、お母さん、ここには前に駅があったんだよとか、そこが商店街ですよ、とかって話しながら。

■そうなんですね。じゃあ、その土地の匂いっていうのを、なんとなく感じて。

一回寂れて、そこからもう一回ちゃんと住宅地になっていて。普通に住宅地なんだけど、こういう所に住んでもいいんじゃん、と思いましたね。

■今回脚本を担当された蓬莱さんは文体の匂いをそのまま残した脚本を作りたいっておっしゃっていましたがいかがですか?

元々原作のファンで、出版されたばかりの頃に、色んな人にこれ面白いよって紹介していた時があるんですよ。今回のプロデューサーにもそれを話したら、それだけ良いっていうんだったら舞台化したらどうかなって話をもらったんです。でも原作を読んで面白いのと、自分がやるのは違う場合があるから、どうしようかなって考えたんですけどね。それで、蓬莱君が脚本を書いてくれるならって言ったら、彼、原作も読んでないのに引き受けたんですよ(笑)その後、原作読んで「大変ですわーっ」て言ってましたけどね。なぜかというと蓬莱君の書きそうな話のような気がしたのと、一回一緒にやってみたかったので。彼は非常に頭の良い人だなと思いましたね。最初に、こんな舞台にしたいって事を書いた紙を貰ったんですよ。そこに書かれてあることが大変明確で、それに僕も賛成して。後は僕の方から、「原作の抜粋と僕が気に入ってるエピソードと文章はこれなんで、一応参考までに渡しときます、これやってくれという命令ではありません。僕はちなみにここが好き」って。

■ちなみにその、好きな部分はどこだったんですか?

いや、それはいっぱいありますよ。それ全部やったら2時間に収まらないっていうぐらい(笑)これは蓬莱君と僕自身が同じように思っていたことなんですけど、「東京タワー」っていう本を、舞台化するときに何が一番強いかっていうと、あのリリー・フランキーさんの目線なんですよ。その目線というのは、小説の場合はエッセイ的な部分が時々出てきて、そこがすごく面白い。それがあって、事実を記述するところがあってということの繰り返しが面白いんだけど、ドラマになるとどうしてもナレーションが増えてくる。映像作品でナレーションっていうと軽い感じになっちゃうことがあるんですね。ナレーションを入れるっていうのは、本当は相当難しいテクニックなんです。簡単に使っちゃうからこそ、本当に効果的に使うのは難しいしし、それを解っている人は絶対使わないんですけどね。舞台の場合はモノローグっていうのが、すごく強い武器なんです。そのモノローグが使えるという意味では非常にリリー・フランキーさんの目線に近いものを舞台に持ち込むことが出来る。但しその舞台に持ち込んだ場合、セリフはリリーさんが書いた通りがいいんだけど、蓬莱君書いてくれる?って話をしたんですよ。そしたら引き受けてくれて。

■メディアミックスされ尽くしていて、舞台って最後じゃないかと思うんですけど。それについてプレッシャーみたいなものがあったりしますか?

こんなに色んなところが取り上げるとは思わなかったんですけど。僕の中ではちょっと特殊な愛の話だと思ったし。いわゆる、母親の話がそんなに流行ると思わなかったからね。それは誤算なんだけど。だから俺としては舞台やるって決めたときに、舞台を観に来た人が、こんな原作あるんだっていって、原作読んでくれれば良いなと思って決めたんだけど、いまやそんな必要が無いじゃない!(笑)今は、そのことに関しては、もうあんまり気にしないようにしようとしていますけどね。元々そんなことを考えて始めたわけじゃないし。

■キャストの方々にこついて聞かせてください。4人主要な方はもちろんですが、それ以外の役者さんも、実力のある個性派が揃っていますけどリクエストだったんですか。

津村くんはね、蓬莱君の推薦なんだけど、彼の劇団の芝居を観に行って、津村君が気になってたから、あ、丁度良かった、推薦とリクエストが一致して良かったなあと。後は、千葉さんがね、実は初めてなんです。一緒に飲んだりよく話しもするし、自分では仕事やってるかのように思っちゃってたんだけど。実は初めてで(笑)後はもう、信頼できる役者さんたちばかりですね。

■観る人のイメージがある程度、出来上がっているものを、改めて舞台にするって、難しくないですか?

声を大にして言いたいのは、ドラマ観たからとか映画だけを観て、原作を読んだ気になってる人は、ちょっと考え方を改めて欲しいんですよ。この作品の一番のエッセンスは母親が亡くなってからのリリー・フランキーさんの目線の面白さなんだよね。そこが加わって初めて面白いと思うから。まあ舞台嫌いな人は舞台観に来なくて良いから、原作は読んで欲しいと。で、原作読むのが面倒くさい人は、舞台に来て下さいと(笑)。

■そうですか〜。楽しみですね〜。

それと今まで自分の中で一回、まあ何回かでもいいんですが「東京タワー」見てるよっていうのは一回捨ててもらった方が良いかなーと。改めて観て欲しいですね。というのと、多分、「笑う」ということに関しては、一番笑えますよ。舞台が。

■北九州が原作の舞台ってことで、多分他の土地で観られる人よりは、シビアに観られるんじゃないかと思うんですけど。それについては何か考えていらっしゃいますか(笑)

いやもう大歓迎ですよ。お客さんの目が厳しいっていうのは、とっても!良いことだと思うんですよ。あの、お客さんの目がいつも厳しくあって欲しいですし、えー、こちらもお客さんの目を侮っちゃいけないし。だから、厳しい環境であるっていう、確かにそうだなと思うから。それは逆に楽しいですよ。地元の方には、ぜひ厳しい目で観て欲しいですね。厳しい方が燃えるから(笑)

■あ、楽しみです、それ。G2さん流の笑いを。

しーんとしてたりしてね(笑)

(笑)今日はありがとうございました。

 

【北九州芸術劇場/中劇場】 
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東京タワー オカンとボクと、時々、オトン
■公演日/6月29日(金)19:00
       30日(土)13:00・18:00
     7月 1日(日)13:00
■原作/リリー・フランキー
■脚本/蓬莱竜太(モダンスイマーズ) ■演出/G2
■出演/萩原聖人、加賀まりこ、石田ひかり/千葉雅子、三上市朗、八十田勇一、新谷真弓、津村知与支、林隆三
■料金/6,000円(全席指定)※当日500円増
 ※未就学児入場不可
〈電子チケットぴあ Pコード〉375-515〈ローソンチケット Lコード〉84036
北九州芸術劇場プレイガイド(店頭販売のみ)