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左/高原綾子(俳優・制作)、右/ごまのはえ(作・演出)

京都の人気劇団ニットキャップシアターの新作「お彼岸の魚」。福岡で2年ぶり2度目となる公演が、5月18日(金)からぽんプラザホールでおこなわれます。今回は「記憶と存在」をめぐる物語。その内容について、主宰のごまのはえさんに作品を制作するにあたってのいきさつなどを語っていただきました。なんと今回、わざわざ編集部までご来訪いただきました。ニットキャップシアター初の全国ツアーへの意気込みが感じられましたね!

■今回の物語は女性の精神世界を描いた作品ということですが、そこをあえてモチーフにしたきっかけって何ですか?

もともと「忘れる」ということに興味があったというか、惹かれてたんです。忘れたことを忘れてしまったらどうなるんだろう?ということが、単純に面白いなって思ったんですよ。自分の存在というのは、自分の記憶を持っているからある、というようなところがありますから。そういうことを考えるのが好きなんですね、僕自身が。いつだったか大阪で終電に乗り遅れて、ネットカフェに泊まろうと思って行ったら、身分証明書を持ってないと泊めてくれなかったという事件があったんですよ。その時、身分証明書を持っていなくて「ごまです」って言ってもダメだったんで(笑)その時も、あーこういのって面白いなって思ったんですよ。自分をどう証明したらいいんだろうって。まあこれは身分証明書の話ですけど、もし自分の記憶っていうのを自分でも忘れてしまってたら、どう自分が自分であることを他人に言えばいいのかみたいなことをちょっと考えてみたんです。

■そこから派生してタイトルにある「お彼岸」までに到達するにはどんなつながりがあるんですか?

それはですねー。舞台で行われている芝居を観て、台詞を聞いているんだけど、観ているお客さんには全然違うことが頭に浮かぶっていうそういうお芝居をしたかったんですよ。鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」っていう原田芳雄さんや藤田敏八さんとかが出演されている、とても好きな映画があるんですけど、それを観ていたら、ただ単に蕎麦を食べているだけのシーンとか、ただ山道を歩いているだけのシーンが、全然違う意味を持っていて、例えば山道を歩くシーンだったら、この山道はあの世への坂なんじゃないかとか色んな風に思ってしまうんですよ。で、そういう舞台で見えていることを舞台上での台詞とかやっている行為とかが、観る人に全然別のことを想起させたら面白いなと思って、客席という「この世」と、舞台の奥側にある「あの世」と、その間みたいなことをやれたらいいなと思って作ったんです。だからお彼岸というのはそういうことで繋がっているんです。

■東京公演を終えて、お客さんの反応はどうですか?

すっごいよかったです(笑)

高原/
4ステージあったんですけど、初日から回を増すごとに動員数がどんどん上がっていったんですよ。だから反応はよかったですね。

■このお芝居を観終わったら、観た人の心が楽になるんじゃないかって言われてますけど、それはどんな「楽」なんですか?

実はこの台本は、劇団員がたくさん辞めてしまった時期に書いた本なんですよ(笑)これはいくら書いてもまた辞められたらかなわんなって思っていた時期で(笑)
そんなこともあって、役者さんのことを考えず、自分の中だけに閉じこもってた時期に書いたんですね。その時のモチベーションで作った作品なのでやや閉鎖的な感もありますが、だからといって見終わってお客さんに嫌な気持ちで帰って行ってもらうのが狙いというのでもなく(そこまでひねくれた作品を作りたくはないなって)、かといって観てくれたお客さんに頑張れっていうエールを送るような芝居を作るのも嫌だったんですよ。そんなに人生を頑張らなくていいと思ったんで、そんなことも考えながら色々書き換えを進めていったんです。記憶と存在を巡る話ですから、書き進めていくうちに「私とは何か?」っていう問題をもってきて、それって、ひと昔前なら「自分探し」という言葉になっていたと思うんです。それを書いて行くうちに「自分を忘れていく」っていう方向になっていったんです。そこが僕らよりちょっと上の世代の方とは少し違う観点だとは思うんですけど、社会の中で自分が発揮できる自分らしさ、みたいなものがあって、それを見つけることが物語になる、そういう前向きな作品では無くなって来て、どんどん社会からかけ離れて行って(笑)でも、それでも自分すら忘れてしまうというか、自分という枠を平気で放り投げてしまう。そんな時って「自分というこだわり」や「自分という単位」で物事を考えていますし、色んな出来事や悩みや考えも全て「自分」から始まっているので、それが崩れてしまうと、人間ってすごく楽なんじゃないかっていうことなんですよ。

■哲学的ですね(笑)

哲学的ですよー(笑)普段は全然違うんですけど、今回は、なんですよ。

高原/
作風は毎回変わるんですけど、今回はそういう意味ではニットキャップシアターでは、今までにない作品ですね。

■ごまさんは大学で仏教を学んでいらっしゃったそうですが、今回の作品はそこに通じるものがありそうですね。

今回は、モロにそうですね。僕は仏教で認識論というのを学んでいて、その時にちょっと勉強していた認識論について、卒論用に買った本とかが手元に残ってまして、それも読みつつ、この本を書きましたね。結局、卒論では難しすぎて別のテーマにしちゃったんですけど(笑)

■そういうものが根底に少しでもないと、物語の発想としてそういった内容が思い浮かばないんじゃないかと思っていたんですけど、やはり学生時代に勉強されていたことが物語のベースになっていたんですね。その「仏教」というものは、ごまさんの中に日常的にあるものなんですか?どんな位置づけて「仏教」というものがあるんですか?

どうでしょうね。。。僕、今年で30歳なんですけど、同世代の人たちはブルーハーツか関西だとダウンタウンか、そのふたつの影響ってスゴくあると思うんですけど、でもその、ロックというかスピリッツというか、僕がそういうものを感じたのが「仏教」だったんですよ(笑)

■カッコいいですね(笑)渋い!

大学の時に一般教養の授業で「ブッタの生涯」っていうのを受けさせられるんですよ。月曜日の1限目で。でまあみんな来るんですけど、寝ている人もいれば喋っている人も多かったんですよ。そしたら先生が、あ、先生はお坊さんなんですけど、それに怒って「君たちはいずれ死ぬ!今はワーワー喋っているけど、いずれ死ぬ!」って言ったんです。それが、僕にはすごく面白く感じたんです(笑)ブルーハーツとかは自分でCD買って来てすごい個人的な空間で聞くじゃないですか。そういう狭い空間でバックドロップを食らうような衝撃を受けたんじゃなく、大学の60歳を過ぎた名誉教授といわれる先生が何十人も学生がいる大きな教室で「お前たちはいずれ死ぬ!」とか生徒に向かって言ったのが、とてもカッコいい!と思ったんですよ(笑)しかも若い女の子とかもたくさんいるんですよ(笑)そういう子たちに向かって「死ぬ!」ですからね(笑)もう僕の中では天と地がひっくり返ったような衝撃だったんです(笑)それから僕のロック魂的なものは「仏教」になりましたね。

■そんなごまさんが、なぜ演劇に目覚めたんですか?影響された作家や劇団とかありますか?

僕は元々お坊さんになりたかったんですけど、お坊さんになるには僧籍登録というのが必要なんですよ。でも一回お坊さんの弟子になってからじゃないと、僧籍登録できないっていう決まりがあるんです。それに嫌気が刺して、じゃあ運動をやろうと思ってたんです。ずっとバドミントンをやっていたんで。でも足を痛めたので、本格的にはやれなくなって、でもほどほどに運動もできるし、文章を書くのも好きだったんで、その両方ができるものって芝居かなーと思って劇団でもしようかなって思ったんですよ(笑)関西だと僕らの世代松田正隆さんの影響を受けている人が周りには多いですね。

■ごまさんくらいの世代の劇作家の方って、いろんな形での演劇を作っていらっしゃいますが、そういう世代感みたいなものは何か感じてますか?

以前、渡辺えり子さんに言われたのが「私たちは演劇で生きていくんだという決意がすごくあった。だから暗転とかも演劇をやる以上は絶対にしたくないって思って作品を書いてた」とおっしゃってましたけど、それは善くも悪くも『演劇』なんだ!というこだわりがあったと思うんです。でも今の僕らの世代は、マンガと演劇と映画と音楽とかがゆる〜く繋がっている感じはしますね。演劇を見てても『演劇』じゃなきゃいけない、みたいな強いこだわりの部分は少ないですね。もちろん表現の場として『演劇』を選んでいる以上は、こだわりはあるにはあるんですけど。その空気感がゆる〜くマンガとリンクしたりとか、映画と似ていたりとか、そういのはありますね。渡辺えり子さんたちの世代は、今の僕らよりももっと、映画には負けないぞ!とか、他のものに対する何かがあったのかな、とお話を聞いていて感じましたね。

■そういえばワークショップをして今回の役者さんを決められたんですよね?

京都でお世話になっている劇場がアクターズラボというワークショップをやっていて、劇団に入っていないけど役者をやりたいと思っている方たちがいるんですよ。その生徒さんたちの中でオーディションをして、2名の方に参加していただくことになりました。僕も今までは同じ年齢くらいの役者さんとしかやったことがなかったんで、それは非常に勉強になりましたね。今回67歳の方に参加していただいているんですけど、いや〜なかなか面白いですよ(笑)そんな方の話を聞いていると、考えさせられる部分も多いですよ。色んな意味で(笑)

■福岡の公演は2回目ということですが、お客さんへの期待とかありますか?

そうですねー。色んな世代の方に観ていただきたいですね。僕らの世代の作家さんは、自分が発信する作品を“どんな風に受け取ってもらってもいいんです、あんまり決めつけるのは良くないと思っています”という方も僕の周りにも多いんですよ。だからこそ、ちょっと逆走してやろうと思っていて、結構これはこういう作品なんだって決めつけて作ってますね。そのことで勘違いされるのは全然いいんですけど、最初から作品を曖昧に提示するっていうのは、無しにしてます。何かその作品に意味付けしようといつも思ってますから。色んな物や感情や感覚を単純にしたいという思いがそこにはあるんですけどね。僕が芝居で伝えたいことは、シンプルに、簡単に生きよう、みたいなのが根底にありますね。

■では最後に福岡で公演の意気込みなどをぜひ。

前回の公演が2年前だったんですよ。前回観に来てくれたお客さんにも、ぜひ観に来ていただきたいですね。作品のテイストは全然違うんですけど、繋がっている部分もありますから。エンターテイメントと芸術性みたいなものをどんどん、そういう枠を無くしていきたいと思っているんで、僕らの芝居を観てエンターテイメントの中にも文学とか芸術とかちゃんと入れるんだと思っていただきたいですね。それらを分ける必要はないんだということを感じていただけるとうれしいですね。

 

 

【ぽんプラザホール】
第1回福岡演劇フェスティバル参加作品
ニットキャップシアター第22回公演〜2007福岡舞台芸術シリーズ〜
お彼岸の魚

■公演日/5月18日(金)19:30
     5月19日(土)14:00・19:00
     5月20日(日)14:00
■作・演出/ごまのはえ
■出演/大木湖南、安田一平、日詰千栄、
 藤原大介(劇団飛び道具)、長沼久美子(劇団八時半) 他
■料金/2,500円 学生 2,000円(大学生以下・当日要証明)
    (日時指定券全席自由)*当日券は500円増
〈電子チケットぴあ Pコード〉374-603
 福岡市文化芸術振興財団ホームページ
 メガチケットアートリエ/092-281-0103

 ニットキャップシアター Webサイト http://knitcap.jp