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日本とトルコの友好関係の礎となったエルトゥールル号遭難事件とイラン・イラク戦争でテヘランに取り残された日本人脱出劇を題材に描かれた映画『海難1890』。エルトゥールル号の乗組員の介抱に奔走する医師役の内野聖陽、事故で許嫁を失い、口がきけなくなった田村の助手役とテヘランの日本語教師役の二役を演じた忽那汐里、企画者である監督・田中光敏にインタビュー

 

◆今回は一通の手紙から作品作りが始まったということですが、どんなことが書かれていたのでしょうか?
監督
手紙の主は大学の同級生でした。10年前に本当にエルトゥールル号が座礁沈没した串本町の町長です。町の勉強をしていたら、どうしてもお前に伝えなければならないことがあると言って、そこに書かれていたのがエルトゥールル号の話でした。自分の町の村人たちがとても献身的に救ったこと、そして日本人としてこの話は誇れることではないかということ。ただ、うちの町には金がない。ということが書かれてあり(笑)、最後に映画にならないかということが書いてありました。

◆内野さんは、撮影に入る前にエルトゥールル号が実際に座礁した現場に訪れたり、当時の治療の記録などをご覧になられたそうですが、それらをご覧になられてどのようなことを感じましたか?
内野
田村医師というのは、全く架空の人物なんです。なので、役作りを考えていた時、監督から地元の方々からいただいた資料を見せていただきました。当時、大島に3人の医師がいて、その医師たちは治療した後、トルコ政府から治療費と薬代を請求して欲しいという申し出を断った。私達は目の前で苦しんでいるトルコの人が見るに見かねて、手をさしのべただけであって、そうしたものを最初から要求していない。そのお金があるんだったら、むしろトルコの遺族のために使ってくれと綴られた、トルコ政府に宛ての実際の手紙を拝見して、感銘を受けました。なんてすごいお医者さんたちがいたんだと。それを僕が演じる田村医師のキャラクターの基礎にしました。

◆本作では人への思いやりという小さな人間関係から国交という大きな人間関係までが描かれています。改めてこの作品から受け取ったものがありましたか?
内野
僕らが台本を読んで想像していたことを遙かに超えるイメージを監督は持っていらしたんだなと改めて田中監督のすごさに敬服したことがひとつと、名もない漁民たちが異国の人々に手をさしのべる勇気、海の中に入って助けたり、色んな勇気を振り絞ってやったことが、トルコとの友好関係に繋がったということは、とても奇跡的な出来事だったと。なので、この映画を観てくださる人が、一人でもそういうシンプルなメッセージを感じてくれたらうれしいなと思いましたね。
忽那
今回日本とトルコの合作という形で作品を作れたということが、作品としても俳優としても、可能性を広げてくれました。全く馴染みのない文化の方々と一緒に仕事をするということは、他の作品ではなかなか直面しない壁があって、立ち止まって話し合うことも何度もありました。撮影中はお互いを尊重しながらも、自分の国に誇りを持っているところは、ちゃんと主張する。撮影が進むにつれて当時の方と心境が重なっていったというか、それなくして作品は絶対完成はなかったと思います。とてもいい経験をさせていただいたと思っています。

◆忽那さんの、トルコの乗組員を治療するシーンはとても緊迫感のあるシーンでした。その時の現場の雰囲気はどんな感じでしたか?
忽那
すさまじかったです(笑)撮影の都合上もあって、一応1日で撮りきるという設定だったのですが、実際は、あの救出劇を撮影するのに4~5日かけて撮影したんです。あのシーンは、内野さんはもちろんですが、他のキャストの方々、エキストラの方も含め、みんなが本気で自分の目の前にいるトルコの船員の救出にあたっていました。私達も必死でしたから、当時の方々のように目の前に起こっている出来事を、ひとつずつ経験していくという感覚でした。1月の京都での撮影はとても寒かったので、頭の先から足の先までずぶ濡れになって凍えながらも演じている目の前のトルコの役者の方たちを、カットがかかっても背中をさすり続けて温めて続ける。撮影に関わっていた全ての人たちが、きっと当時の緊迫感と同じような緊張感を持って撮影していました。そういうみなさんの思いを背負った心境だったので、このシーンは、きちんとやり切らなくてはという一心でした。私自身も、すごく緊迫した気持ちでいました。それがスクリーンから伝わったらいいなと思っています。

内野
そのシーンの撮影は準備(雨風を降らしたり状況を作ることが)も大変だったので、準備が整うまでかなり待ったんです(笑)翌日になりその次の日になったりして。なので彼女の中ではどんどんプレッシャーが募って行っている。そんな中でのシーンだったので、スタートがかかる直前は、ゆっくり深呼吸していた姿をみて、こうやって自分を平常心に戻しているんだなというのを近くで観ていていました。
忽那
時間のかかる現場でしたので、時間が空いた時に内野さんが一言、「これ早くやりましょう」って全体に声を掛けてくれて、それが本当に助かりました(笑)。内野さんの一言で、みんなが集中していくのを身体で感じていて。そうことも含めて周りの方に本当に助けていただいたシーンでした。
内野
毎日毎日、そのシーンが撮れなくて、スタジオからうなだれて帰ってくる彼女を見続けていたので、頑張って乗り切ってくれ!と思っていました(笑)監督は照明や雨風を起こしたり、準備がたくさんあったと思いますが、役者は凍えてましたね(笑)そういうこと全てを、彼女が体験と言ったのは、あの時、僕らは現場では、もう演技を超えていたんです。僕は医者として現場を見ていたので、トルコの俳優たちがどんどん身体の熱が奪われていくし、日本人たちはカメラがまわっていなくても役者たちを気遣い支えあっている。その姿がほとんど当時の現場を彷彿とさせるものでした。僕らとしては早くトルコの俳優を助けなくちゃという気持ちになってしまって。ほとんど演技を超えて、ドキュメンタリーに近い感じでしたね。
監督
たくさん待たせてすみませんでした(笑)おかげでいいシーンが撮れました。

◆忽那さんの役を口がきけないという設定にされたのはどうしてです?
監督
実はエルトゥールル号が海難事故にあう4年前にノルマントン号事件というのがあるんですね。それはイギリスの船が座礁し沈没する。その時も、町の人たちが必死の救助にあたっていたんですが、全員助けたつもりだったのが、実は舟底にはアジアの人が閉じこめられていたという事実がある。その新聞の記事を読んでなにか憤りを感じていたんです。僕が取材をしている中で思ったのは、たぶんその事故、救助の姿を見た時、その当時の人たちも、救助に当たった人たちも、その中ですごい憤りを感じたんじゃないかと、シナリオを作っていく時に思ったんですね。そしてその憤りの中で、今度はエルトゥールル号の海難事故がある。つまりその憤りを感じて、そして傷ついた人の代表がハルなんですね。ハルにそういう背景を背負ってもらったんです。映画の中では、その背景は一切表現していません。ただ僕らが表現したかったのは、その前後に実際にそういうことがあって、決して単なる美しい救出劇ではなくて、その背景の中で過去にキズを背負っている人でも、目の前で助けを求めている人がいれば、また海に出て行って、助けるという行為をした。そういう人たちの象徴として、ハルというキャラクターを映画の中では作りました。

◆忽那さんはその難しい設定をどう演じられましたか?
忽那
監督がおっしゃったように、ハルにはそういった背景ががあるんですけど、実際に映画では、いいなずけが海で遭難している人を助けようとして、実際に事故に巻き込まれてしまったということが回想のシーンとして描かれています。そういう経験によるトラウマを抱えたまま、その後が描かれているんです。だからこの役を演じる時に考えていたことは、実は世の中にはそんなトラウマを抱えていらっしゃる方はたくさんいらっしゃるんじゃないかと。でもそれが日常生活で表にどれくらい出るんだろう?と。だったらどれくらいの度合いでトラウマを見せていったらいいのか。見せ過ぎてもいけないし、すごく考えました。口がきけないので、言葉で自己表現や意志の出張というのが出来ない。孤立していくことをすごく恐れていて、自分のトラウマを抱えながらも、みなさんが作ってくれる雰囲気の中にちゃんと溶け込むことが大切だなと思って、ハルを演じていました。

 

【ストーリー】
1890年9月、親善のため日本訪れていたトルコ船「エルトゥールル号」は台風により沈没した。500名もの乗組員が犠牲になったものの、村民の献身的な救助活動により、69名のトルコ兵が無事トルコに生還を果たした。
それから95年後の1985年。イラン・イラク戦争のさなか、サダム・フセインはイラン上空を飛ぶ航空機に対し無差別攻撃を宣言。日本政府はテヘランに残された日本人を救出できずにいた。その際、在テヘランの日本人を救出したのはトルコの航空機であった。トルコ国民は、95年前、「エルトゥールル号」乗組員を日本人が助けてくれた事実を受け継いでいたのだ。

 

『 海難1890 』
12/5(sat.)T・ジョイ博多ほか全国ロードショー

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企画・監督:田中光敏
出演: 内野聖陽 ケナン・エジェ 忽那汐里 アリジャン・ユジェソイ
小澤征悦 宅間孝行 大東駿介 渡部豪太 徳井優 小林綾子 螢雪次朗 かたせ梨乃
夏川結衣 永島敏行 竹中直人 笹野高史

〈2015年・日土・132分〉

 http://www.kainan1890.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

かというのと、忽那さんにはこういった役は初めてされたと思いますが、役で難しかった点と役者として得られたものについsて