シアタービューフクオカのコラムで誌上最長連載を誇るヨーロッパ企画・永野宗典氏。
ゲストを迎えての対談形式コラム。
webでもダブル掲載!本誌と併せてお楽しみください!


限られた字数制限の中、所狭しとお送りするショートショート対談。今回のお相手は、10年来のお付き合いの濃い濃い役者仲間、ムロツヨシさんと!


今回のゲスト:ムロツヨシ
ASH&D所属。ドラマ・映画・舞台等、ジャンル問わず幅広く活躍中。 08’より始めた「muro式」では脚本・演出・出演している。


永野
(以下 ) 元々、役者を将来の夢にしようってのはちっとも無かったの?
ムロ(以下 ) うん。大学行って、いい会社に入ることが幸せだろうって思ってて。でもいざ大学入ると、やりたいことを持ってる人間が本当にかっこ良く見えて。で、俺何にも無くて恥ずかしかったのよ。そんな時期に、舞台『陽だまりの樹』を観て、俺も人前に立ちたいって気付いたんだよね。
永 どんなところに感激したの?
ム 段田安則さんが泣き叫びながら、ゆっくり暗転していく場面観て、何かブアーッて鳥肌立っちゃって。
永 あれ? 今、笑い声大好物って言ってるじゃん?わりとシリアスなシーンに魅了されたんだね(笑)。
ム でも、初めはそうよ。純粋に演技って何だろう?って思って。
永 舞台上で笑いを取りたいっていう芽生えは?
ム っていうか人前に出れるチャンスすらないし(笑)。事務所に入るために20社くらい履歴書送ったけど、書類審査も通らないしどこも食いつかない。とにかく早く人前でお芝居するために、って考えた時に辿り着いたのが、所謂、小劇場。で、ある劇団の研究生になったのよ。
永 どうだったの、当時の演技力とかって?
ム そこの座長に「お前、自分のことうまいって思ってるだろ。それはすごい恥ずかしいことだよ」って言われて(笑)。
永 おお!それは、自分でもうなずける部分あったの?
ム うん。そんな根拠の無い見せかけの自信なんて舞台ではすぐバレるぞって言われたりしたのが、未だに残ってる。
永  …muro式に至るまで、結構道のりがありそうだねえ(笑)。
ム 自分がどうやったら自分の思ういい役者になれるかって思って、その劇団を離れるんだけど、どうしていいかわかんない。で、一人芝居やったりしたんだけど。これが本っ当につまんなかった(笑)。
永 笑い声は?
ム 一個だけあったのよ(笑)。
永 でもその時の笑い声が、今のムロツヨシに繋がる原体験になってるんだよね。
ム うん。で、まだまだうまくいかないことを繰り返したりしてて、自分には才能がないってのも明確にわかってきて。だって結果が何にも産まれないから。友達から「応援するね」「がんばってるね」は言われるけど、「またムロツヨシが見たい!」ってのは何もない。早くここから抜け出さなきゃって焦りもあるわけ。それで、笑い声をとるために我武者らにやってみようと思って、それをやり始めたら少しずつ歯車が合ってきた。
永 笑いのノウハウみたいなことがわかってきたってこと?
ム っていうか、自分が楽しむと笑い声が聴こえる、っていう感覚が少しずつ増えてきたのかな。全然失敗も繰り返すし恥ずかしい思いもするんだけど、どうやったら恥ずかしくないように素直に笑ってもらえるようになれるだろうって考えるようになったのね。
永 ようやく近づいて来たよ、今のムロツヨシに(笑)。笑い声が欲しいとか売れたいとか、そういう野心を言葉にしてる人って、他にいないんだよね。誰しも本心にはその気持ちはあるはずなのに。だけど、なかなか言葉にできない。
ム 俺の場合は、これ言わないと次、芝居する場所が無いって所まで行っちゃったんだよね(笑)。自分で「ムロツヨシです!」って言って売り込まないと名前覚えてもらえない人間だってはっきりわかったから。自分の役者としての理想像を見つけるために、どんどん経験値積んでいきたいと思って。
永 今、見つかってる?
ム まだかな。楽しむことはできるようになったと思うけど、食えるようになった途端、「俺明日も楽しむことできるかな」っていう新たな恐怖心も出てきたよ。今のところ「自分が楽しむ」ことが俺の生命線だから。楽しむ感覚を無くさないために、muro式やってんのかもしれない。
永 あ、muro式までようやく来た!(笑)。
ム 遠かったなー(笑)。

●永野宗典(ながの むねのり)/’78年生まれ、宮崎県出身。’98年、上田誠らと共にヨーロッパ企画の旗揚げに参加。以降、全作品に出演。
information  muro式.8「2 3 5 7 11 13 17…」 福岡公演11/13(木)・14(金)イムズホール