シアタービューフクオカのコラムで誌上最長連載を誇るヨーロッパ企画・永野宗典氏。
ゲストを迎えての対談形式コラム。
webでもダブル掲載!本誌と併せてお楽しみください!


限られた字数制限の中、所狭しとお送りするショートショート対談。今回のお相手は、同い年で会えば湿っぽい人生の話になってしまう劇団員の土佐和成と!

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今回のゲスト:土佐和成

’04年、第 16回公演よりヨーロッパ企画に参加。 以降、ほぼ全本公演に出演。外部の舞台やドラマ・映画への出演も多い。また「アグレッシブですけど、何か?」ほか、バラエティ番組でも活躍。WEBラジオ「週刊!ヨーロッパ2」ではパーソナリティをつとめる。

永野(以下 ) ヨーロッパ企画のオーディション受けたやん?
土佐(以下 ) うん。26のとき。
 俳優暦10年?
土 10年ぐらいですね。
永 演劇の世界に飛び込もうとした一番のきっかけ何やったん?
土 大学卒業して、フリーターだったんですよ。それで25くらいの時にどうしようどうしようってなってたんですけど。
 このままバイトしていくか、就職するか。
土 で、なんとなく演劇とかお芝居とか、そういうのんはどうなんやろうなって思ってた時に、演劇研究生のオーディションに応募して、受かったら考えよう、落ちたら辞めて就職しようって決めてました。で、受かって、その時の演出家がG2さんやったんですけど『これからどうすんの?』って言われて。
永 演劇の最初の指導者はG2さんやったんやね。
土 日本で唯一僕のことをカズナリって呼ぶ。親でも呼ばないのに(笑)。
永  へぇ。
土 『続けるんやったら、拠点を見つけた方がいいんじゃない?』って。そのタイミングでヨーロッパ企画が募集してたんです。
永 そやそやそや。
土 劇団員オーディションですよ。でも、劇団員ってよくわからないじゃないですか。ちょっと怖いじゃないですか(笑)。
永 怖いもんよね。わけわからん集団に属するのって。
土 でもとりあえず、受けに行ってみようって思って。
永 劇団を怖いと思いながら。
土 でも劇は観た事あって面白かったんだけど、普段どんな人たちかも分からんし。行かないと分からん。それで、永野さんと上田誠と諏訪雅の旗揚げメンバーがオーディションをしてくれたじゃないですか、面接と言うか。で、ぼくちっちゃい頃から関西で育って、お笑いも好きやからよく観て来てて、それくらい自分の中では面白いことにはちゃんとアンテナ張ってきてたつもりやったんですね。でも、その時の3人とのやり取りが、いままで見たことがない感じと言うか。
永 へぇ~。
土 芸人さんのソレでもない、なんかよくわからんパッとせんヤツらがすごい面白いことをいっぱい喋ってたんですよ。
永 パッとせんヤツら…。
土 それが本当にカルチャーショックやって。こんな人らがいるんやって思って。ちょっと記憶が美化されてるかもわかんないですけど(笑)。
永 いやいや、いい話やねえ。
土 当時ね、みんなビックリするくらい服装もダサいしね、くっちゃくちゃなヤツらがね。当時の永野さんなんて本当に3食カップヌードル食べてたような。
永 実際そういう日もあった。
土 なのに面白いのがすごいショックで。挙げ句、そのオーディションで僕は落とされたじゃないですか。
永 うんうん、そういや落としたね(笑)。
土 次の日すぐにすみませんみたいなメールが来て、すぐ返しましたもん。『じゃあもう劇団員じゃなくていいんで、お手伝いでいいんで一緒に遊んでください』っメールをすぐ返して、そしたらそういうことやったら全然いいですよって返事が返ってきて。
永 食らいついてるねー。
土 そう。後先考えずに飛び込めたっていう、それくらいの衝撃が当時の土佐青年にはありましたね。でも、10年経って今こうやって続けられてるってことはその時の衝撃はそんなに間違いでもなかったんやろうなとは思ってますけどね。何か良い出来事が劇団に起こる度に、あぁ間違ってなかったって。
永 その時の衝動を確信に変えるような。
土 いちいち確認してます。いまだに。
永 いまだに(笑)。
土 だからそういう意味では劇団に10年いますけど、まだやっぱりお客さんのような気持ちもありますよね。
永 まだ残ってるんだ、お客さんの気持ちが。でもまあ、10年経ったんやなぁ…。
 返してくださいよ10年。
永 何が?確認してるんやろ、間違いないって(笑)。

●永野宗典(ながの むねのり)/’78年生まれ、宮崎県出身。’98年、上田誠らと共にヨーロッパ企画の旗揚げに参加。以降、全作品に出演。
information  毎週月曜日9:00~9:10(NHK・Eテレ)「ことばドリル」出演中!