シアタービューフクオカで絶賛連載中のハイバイ・岩井秀人氏のコラム「岩井の好きな映画」。本誌と併せてお楽しみください!

ハイバイ・岩井秀人コラム【岩井の好きな映画】vol.56「キングダム」

機内で見た邦画「キングダム」が面白かった。
ストーリーが、というよりも、俳優たちの異常なまでの熱気と命がけ感に圧倒された。主演の山崎賢人、吉沢亮の二人が2時間ぶっ通して精神的にも肉体的にもとんでもないテンションをキープし続け、それがさらに常に美しいままなことに度肝を抜かれ、「そうか、こういうのを見て、俳優を目指した気がするなあ」と思った。

そもそも、こういった極めてヒロイックなカタルシスこそ、映画の持つ一番の魅力だった気がするし、このカタルシスを自分のものにしたいがために俳優を目指したものも多いはずだ。僕もその一人だ。
20代の頃は、そのカタルシスを「全世界60億と共有することが使命である!」という自信を胸に現場に向かう。しかしそこでは「主役」という生物(せいぶつ)、自分と同世代かさらに年下の「主役科・主役目」の生物が監督やカメラマン、メイク衣装スタッフらに囲まれて、それを「当然の宿命」のように受け止めている姿を、僕たちはエキストラとともに見つめることになる。その中で「少しでもあいつらに近づければ」と、「この端役でミラクルを起こすことにより、次回監督に呼ばれるときにど真ん中を演じられる」という根拠のない夢を見て、凝りに凝ったアプローチを試みるが、助監督によってカメラ外にさらっと連れていかれる。そういったことを現場で重ねるうちにやがて、「彼ら」が自分とは別の種族だということがわかり、そして「彼ら」が意外にも端役の自分たちにも対等に優しさを行使してくれたりすることに驚きながらも、それらの体験からなぜか「自分が端役である」ことを、ゆっくりとゆっくりと飲み込んでいく。

そして30、40代ともなると、そういったいわゆる「夢」のようなものも、かなり煤けて、形を変えていく。あるものは俳優自体を辞め、あるものは劇団に入り、あるものは家族を持ち生活のためにどれだけ納得がいかない現場でも言葉を飲み込んで監督プロデューサーら「客たち」の望む形に変形し続ける。どれもこれも生き方だし、それぞれに技術も精神力もいる。「夢は形を変えていく」とは本当にその通りで、年齢や生活環境が変われば、10代に夢見ていたことを追い続けることに息切れがし始めるのは当然だ。

だけど、そもそも持っていた「異常なまでのカタルシス」の元になっている「狂い」を失わないで欲しい。あの異常なまでの野心は、今となっては恥ずかしいことかもしれないが、とても正直で、あるがままの心の表れだったはずなのだ。ある時期、僕が世の中に立っていられたのは、間違いなく、あの「この世に存在しないカタルシス」だったのだ。実際に僕たちは画面を見てとんでもないテンションの興奮に身を震わせ、体の中の血の全ての温度を上げることができた。
その体内の沸騰した血液の中に観客たちを溺れさせ熱狂させる仕事として、俳優というものを選んだはずだ。そんな、本来備わっていた独自の「狂い」には、胸を張っていてもらいたいと思う。もし俳優の道自体が望みどおりにいかなくても、自分の人生自体を変える力は、その「狂い」から生まれる。俳優であれ、編集であれ、プロデューサーであれ、それらは仕事でもあるけど、「生き方」の一つ、「世界との関わり方」の一つなわけで、それを使って、別の生き方が必ず見つかる。人生を変えていく、その人生では紛れもなく、自分が王様でなければならない。だからその「狂い」は持ち続けていいのだ。持ち続けなくちゃいけない。

いわい ひでと/1974年生まれ。劇作家・演出家・俳優、ハイバイのリーダー。「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。

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◎シアタービューフクオカ vol.80掲載(2019.8発行)