コラム・池谷のぶえ めずらしく体調のいい日に vol.7
舞台をはじめTVドラマ等でも活躍中の女優・池谷のぶえさんのコラム。本誌と併せてお楽しみください!
vol.7
6月は公演で、約1年ぶりに九州地方に行くことができました。 北九州での公演だったのですが、諸事情で1日早く九州入りすることになったので、せっかくなのでなかなか訪れることができない場所へ…ということで、亡き父の青春の地である熊本へ。…と書くと、なんだか素敵なエピソードのような香りが漂ってきそうですが、父と私は生前「悠久の丘、ラグジュアリーな憎しみ…その憎しみは永遠の絆に…」という、マンションポエムな間柄でした。 もう亡くなって15年以上になりますが、今も存命でしたら、きっとそのポエムも続いていたのでしょうけれど、目の前から消えてしまうと憎しみも薄まっていくようです。今年の春頃に、他コラムで家系図を作成した際、父が青春時代に住んでいた住所が判明しました。 父にとって、熊本で過ごした青春時代はとてもいい想い出だったようで、生前もよく話題に出てきていたのです。なんだか、呼ばれているような気がして訪ねてみたのでした。 とはいえ、憎しみ合う間柄ですから、詳しいエピソードなど知りもしません。戸籍謄本に書かれている住所と、「水前寺公園を通って、熊本工業高校へ通っていた」という、わずかなヒントだけを元に散策。 まずは、高校へ行ってみました。もちろん不審者になってしまうので、校内へは入れません。ここに通ってたのか~と、塀沿いを散策。次に水前寺公園に向かいますが、閉園間近。ここを通ってたのか~、と柵沿いを散策。最後に戸籍謄本の住所に向かいますが、昔の住所といまの住所が違うため、はっきりとした場所がわからず。ここらへんに住んでたのか~と、近辺を散策。 結局、何もかもがぼんやりとしていました。「呼ばれているような気がして…」みたいなプロローグでしたが、熊本で何ひとつ特別なことは起こりやしませんでした。さすが、憎いことをしてくれます。 しかし、帰京すると、うれしいお仕事がポンポンポンと決まりました。かつて、劇団以外の外部のお仕事への扉が開いたのも、演劇に大反対していた父が亡くなった直後からでした。なんとなく、父と向き合うと人生の岐路に変化が出ます。それが、私の人生の最終段階で良いことになるのか、悪いことになるのかは、もちろん疑ってかかってますが。何しろ、憎しみ合いがラグジュアリーだったので。 しかしなぜだか、次に生まれるときも父の子でありたいと思います。精神的にとっても強く産まれて、憎しみを超えて、勝ちたい。何に勝ちたいのかもぼんやりとしていますが。
●いけたにのぶえ/1971年生まれ、茨城県出身。俳優。幻の劇団「猫ニャー」出身。舞台を中心に活動中。
◎シアタービューフクオカvol.68掲載(2017.8発行)