コラム・岩井の好きな映画 vol.20「Beyond The Mat」
シアタービューフクオカで絶賛連載中のハイバイ・岩井秀人氏のコラム「岩井の好きな映画」。本誌と併せてお楽しみください!
ハイバイ・岩井秀人コラム【岩井の好きな映画】vol.20 「Beyond The Mat」
今回は「Beyond The Mat」。アメリカのプロレス団体「WWE」の舞台裏を撮ったドキュメンタリーで、プロレスラー同士の試合の打ち合わせの様子や、打ち合わせを無視してとんでもない試合になっちゃう様子、破天荒なプロレスラーが自分の試合を改めて客観的に見て「俺、こんなことやってたんだ…」と「いまさら!?」な言葉を残して引退を決意したりといった、悲喜こもごもが詰め込まれている。そしてこのWWEを取り仕切っているビンス・マクマホンが、凄い。多分60歳くらいのオヤジなのだが、体はプロレスラーのごとくムッキムキ。だから「会社の運営に腹が立って、下克上を目論む若手レスラー達がビンス・マクマホンに楯ついた!」的なシナリオを自ら買って出て、リングの上で観客に悪態をつきまくった後に、若手のベビーフェイス(正義の味方)にボッコボコにされたりするのだ。ここまで身を張って盛り上げようとする気概がすごい。
そして別の場面では、新たなプロレスラーを発掘しようとオーディションをしている。こういう場ではスーツ姿に眼鏡とかかけちゃって、理知的なビンス。そんなビンスに「特技は?」と聞かれた若者が答える。「あ、僕は、、(笑いながら)いつでもどこでも、、吐く、ことができます…」それを聞いたビンスがピタリと止まる。「吐く?」やはりここは由緒あるアメリカンプロレス。リング上で体を張って傷つけ合ってこそ観客は盛り上がるのだということを知っているビンス、激怒か!?と思いきや「ちょっとじゃあ、吐いてみて。」とオーダー。そこら辺から、ビンスの顔が血の気を帯びてくる。スタッフが持って来たバケツに即座に吐いてみせる若者。それを見て爆発するように笑い始めるビンス。「信じられない!最高だ!すごいぞ!」吐かれたゲロを見て爆笑し、真っ赤な顔で叫び始める。「よし!お前の名前は決まった!『ピューク』だ!」『ピューク』とはまさに『ゲロ』そのものの名詞。自分で吐いてみせておきながらも『ピューク』と名付けられた若者は微妙な顔をしているがそんなことにはお構いなしでビンスは「いいか、段取りはこうだ!まずお前は相手に一方的にやられるんだ!ピューク!大丈夫か!?お前なら勝てるんだ!勝てる!みんなが応援しているが、お前はやっぱり相手に一方的にやられるんだ!そして試合終盤、倒れてるお前に相手がコーナーポストからダイブする!その瞬間にお前は吐いてみせるんだ!飛び込んで来た相手の顔面に!吐いてやるんだ!ピューク!相手はゲロが顔にかかって、のたうち回ってる!そのスキに技を決めて大逆転だ!」大興奮しながらそう話したあと「よし、だからお前には今度連絡する。」と告げる。映画の終盤。メインとなる二人のレスラーの話の影で、その『ピューク』と名付けられた男の元にカメラが行く。「何ヶ月経っても、ビンスからは連絡が来ないよ…」と、しょぼくれているピューク。
こんな感じのことを映画にすることも面白いんだけど、何より、この映画はWWEが許可しなければ始まらないものだ。つまりはビンス自身もOKということ。自分のめちゃくちゃさ加減を、ドキュメントでまで売りにする、その根性、大変なものです。
なお、上の文中のビンスの台詞には、僕の主観がふんだんにおり混ざっております。
●いわい ひでと/1974年生まれ。劇作家・演出家・俳優、ハイバイのリーダー。「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。ハイバイ10周年記念全国ツアー「て」が無事に終了。9月にハイバイ「月光のつつしみ」を控えている。6月28日公開「ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE」に出演。http://hi-bye.net/