山田うんソロダンス「ディクテ DICTEE」インタビュー

国内外で活躍するダンサー・山田うんが、韓国系アメリカ人女性アーティスト、テレサ・ハッキョン・チャの実験的文学作品『ディクテ』から着想したソロダンスを、アジア美術館の彫刻ラウンジで上演する。
『ディクテ』の原作者である、テレサ・ハッキョン・チャ(1951-1982)は韓国で生まれ、冷戦構造下の少女時代にアメリカに移住。パフォーマンスやインスタレーション、映像作品、写真、詩など様々な表現手段で作品を制作した、アメリカにおけるアジア女性を代表する芸術家と言われている。
「ディクテ」とは、フランス語で書き取り練習のこと。母国語を奪われた女性が、使い慣れない言語を何度も練習して身体にいれていく、そしてどんなに練習しても決して母国語を超えられない苦しみが大きなテーマとなっている。

本作を舞台芸術作品として発表するのは日本人女性としては初めてだという山田うん。この原作と出会い、どのように作り上げていったのか。そして福岡公演がどんな作品になるのか、話を聞いてみた。

 

■ワークショップではよく福岡にいらしていますが、公演としては久しぶりなんですね?

そうなんです。ワークショップで来ることはとても多いのですが、ぜひ公演をやりたいとは以前から思っていたんです。2006年にカンパニーで一度公演をさせて以来、福岡ではやっていなかったので。ちょっとしたパフォーマンスでやらせて頂いたことはあるのですが、いわゆる自分の作品を発表する機会はなかったので本当に楽しみなんです。

■「ディクテ」という作品は、女性として、人間としての色んな要素が含まれていてますが、なぜこの本を作品化しようと思ったのですか?

本だと、小説や雑誌、詩集などのジャンル分けがありますが、『ディクテ』というのは、見かけは普通の本なのですが、本そのものが踊っているような、文章がダンスしているような本なんですね。意味もひとつの意味を超えた意味になっていたり、言葉も多言語で書かれている。それによって読んでいく内に意味が変わっていくようにも感じられる、とてもダンサブルな本なんです。そういうことも含めて『ディクテ』という本はとても自由に関われる本だなと思っていて、いつか作品にしたいなと5~6年前からずっと思っていたんです。それで2011年に初めて作品化しました。

■この本に出会われたのきっかけはどういったものだったのでしょう?

2006年に、北九州で知り合ったダンサーがいるんですけど、その人にプレゼントでいただいた本なんです。私のワークショップに参加してくれて、そこで作品を作るというものだったんですが、彼が私のクリエーションに参加して私のやり方や私自身を知ってくれた上で、この本を読んでもらいたいと。これは共感するんじゃない?と言ってプレゼントしてくれたんです。しばらくはそのままだったのですが、その本を思い出して読んだ時期というのが、私自身が病気で手術をした後、後遺症でリハビリの期間中だったんです。自分で初めて大きな病を超えている最中に、この本を開いたんですよ。何だか自分が幼い頃に書いていた落書き帳のような日記のような、そういう匂いがするなと思って。とても不安定な時期だったからこそ、惹かれるものがあって、いつかこれをダンスにしたいというのを2007年からずっと思っていました。それで、やっと作品作りに取りかかれたのが2011年だったんです。

■最初にこの本を読まれてから5年くらい経っているんですね。ご自身が大変な時期、最初に読まれた時に受けた感覚と、実際に作品を作ろうと思ってもう一度読まれてみて、変化ってあったんですか?

大きな変化はなかったんですが、この「ディクテ」という本を一冊読み込んで作品にする時、その関連文献を20冊以上読んでいるんですね。それはジェンダー問題だったり、戦争の記録だったり、人種差別の事だったり、言語の発音についてだったりとか。他にもこの作品にバッハの音楽を使っているんですが、バッハについて調べたり、関連する書物を20冊くらい読んで、分析している内になんとなく、自分のやりたい作品の構造が見えてきたんです。この作品は、例えば『ディクテ』が本だけど本のようじゃないと私が感じたように、ダンス作品だけどダンスじゃないし、演劇のようなダンスのような、ドキュメントのようなフィクションのような、そんな境界線にまたがっているような作品ができないかと。

■曖昧だからこその難しさがあるかと思いますが、作っていて難しかったところはありましたか?

実はとても楽しかったんですよ。この本を身体を通して翻訳しようと思ったので、むしろ文字だけで書いてあることが窮屈そうに見える感じもして、文字を超えて身を投げ出すことで、10ページ分くらいのことをやれるのにと思ったりとか。元々、作家が身体全身で感じたことを言葉にしたものを、私がもう一度違う身体を通して翻訳するというか、もとに返すようなことができないかなと思ったくらいで、難しいという感じはあまりなかったですね。例えば息苦しいような様子を言葉で表現すると、固いような、苦しいような、困ったような、辛いような・・・とたくさん言葉を使わなければいけないけど、身体だったらひとつ表現するだけで、すごく色んなことが、人それぞれに感じることができる。その身体の自由さの中に、言葉を開放させて、解凍するという作業がすごく楽しかったですね。

■ご自身の身体で翻訳している時に、読んだだけでは気づかなかったことってありますか?

すごいありますよ!本当はこういう世界が観たかったんじゃないかとか、言いたかったんじゃないかとか、もし作者が生きていたらこんなことを話してみたいとか、そういうことがいっぱい浮かびましたね。

■その中で一番印象的だったことは何ですか?

色々あるんですが、“曖昧さ”だったり、“解りにくさ”というものを、解りにくいままに出している本なんですが、その“解らない”という言葉がもっともっと色んな人が使えばいいのにとか、“解らない”ということをいろんな形で現せるようにならないかなと思っていました。私はダンスでこの作品を作っていますが、絵画でも、映像でも、ポエムでも、そのどのジャンルにも属さないものでも、言えない、言いにくいというものを噛み砕いて伝えていく作業というのが、すごく必要な時代なのではないかと思いました。
とは言っても、実際に自分でやりながら、そんなことかみ砕かなくてもいいじゃないとも思ったりして。肯定することと否定することが、同時に常に自分の中に存在するようになってしまいました。
両方にそれぞれの考えがあって、その境界線というものとして、自分のダンスや作品があるということの中の、さらに自分の中の境界線にいるような気がして、どっちもありじゃない?というようになってしまうというような。。。答えは答えで、それが間違っていても出していいんじゃない?というように思いますし。って、余計わかんなくなっちゃいましたね(笑)

■リリースの中にとても印象的な言葉がありました。「今まで使い慣れていた言語が使えないのは、当たり前にあった風景が消えてしまったり、当たり前に側にいた人にもう二度と会えない景色に似ている」という言葉ですが、これは作りながらそう感じていったのですか?

この作品はちょうど2011年、震災が起こった時期にクリエーションをしていたんですね。その数ヶ月後が公演だったので、そういうことも重なったのかもしれないですが、私自身は英語とフランス語がカタコト喋れるんですが、海外で暮らしていたりすると日本語は通じないので、その片言の言語を使わなくてはならない。そこでは誰も助けてはくれないし、なかなか自分の意思を言葉で伝えられない時は、完全に何かが欠落している感じがあったんですよ。全く共感できない何かを持っているという感じとか、でもそういう事って、大人なら誰でも物を失ったことってあると思うんです。「ディクテ」では母語を失ったことがメインに書かれていますけが、別に失恋でも何でもいいんです。大事なもの、自分の分身のようだった物や風景、そういう物が無くなるということは、自分の身体にしか残っていない。しかも普段思い出すことのないような記憶の場所にあって。そういうことっていうのは、ディクテを通して、すごく感じることですね。
人は、その欠落したままの状態を、受け入れることでしか前に進めないし、今を居られないということがすごく大事なテーマなのかもしれないと。
私は踊りを通して、そのぽっかり空いた穴のままを自分の身体をさらけ出すことができるんじゃないかと思っているんです。だから、踊りの中に、“あの人の身体に穴が空いてる!”みたいな感じが、見えるようにと考えてながら、振り付けや選曲、形というものを考えました。

■今回はアジア美術館のラウンジという、不思議な場所での公演ですがそこは何かこだわりがあったのですか?

アジア美術館のラウンジの開かれたような場所は、最初の作品を作ったインスピレーションの場所に近いんです。外なのか室内なのか解らない場所で、人が行き来してもいい場所、というところ。だからこの作品は劇場でやる作品というよりは、そういう場所開かれた場所でやることが、私は望んでいることなんです。なので、一番理想的な場所ですよ。しかもアジア美術館という場所も。本も含めて「アジアの女性アーティスト展」も開催されていますし、ホントにぴったりな場所なんです。

■福岡公演はどんな作品になりそうですか?

初演から一年経った今、また違った感覚でこの作品に向かっているんですよ。最初に京都で日本語で上演して、横浜では英語での上演だったのですが、台詞を一度、英語に通して、それをまた日本語に戻すことがすごく不思議な質感になるんです。それと2011年という年は、私の親戚が東北に住んでいることもあって、震災が私にとってはとてもリアルな出来事だったんです。もちろん今もリアルですが、今年のリアルと去年のリアルでは少し温度が違うんですよ。生傷がかさぶたになったみたいな感じなんです。傷は残っているんだけど、かさぶたになっていてもう痛くない、みたいな感じかな。じゃあその痛くない物を、また痛くするのか、それともそれはかさぶたとしてあればいいだけにするのか、またそのどちらでもないのか、ということで作品の温度が違うんじゃないかという気がしていますね。なので、きっと違うものになるんじゃな いかと。それらを踏まえて衣裳もかなり変えました。でも再演ごとに作品は研ぎ澄まされていっているので、良くなっているというか、ま しになっているというか、動きが鮮やかになっていっていると思いますね。無駄な物をそぎ落とし、本当に必要なものを身につけていく。それの繰り返しでどんどんろ 過してピュアな作品になっていっていると思います。

 

2012福岡舞台芸術シリーズ FFAC PLUS+
山田うん ソロダンス「ディクテ DICTEE」

【福岡アジア美術館  7F彫刻ラウンジ】
■10月18日(木)
■料金:入場無料/全席自由
■演出・振付・出演/山田うん
■原作テキスト/テレサ・ハッキョン・チャ「ディクテ」
■問合せ/Co.山田うん
tel:090-2912-0436
mail:office.coyamadaun@gmail.com

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