山上たつひこ、いがらしみきおという日本ギャグマンガ界のレジェンドが、原作と作画でまさかのタッグを組んだ超問題作「羊の木」。過疎対策として仮釈放された元受刑者たちを受け入れた架空の町を舞台に、過去に凶悪な罪を犯した“新住民”と市民とのせめぎあい、人間が抱える恐怖の深淵に迫り大きな衝撃を与えた本作を、吉田大八監督が映画化。主演の月末一に錦戸亮、共演に松田龍平、木村文乃、北村一輝ら豪華なキャストが揃った。
公開を前に、作品について、キャストについて吉田大八監督にインタビュー。

◆錦戸亮さんが演じた主人公・月末一という役は、いわゆる“普通の人”ですが、とても難しい役だったように感じました。この役を錦戸さんにどう演じて欲しいと思われていましたか?

吉田大八監督:錦戸くんとは、一緒に仕事をするのは初めてだったので、何本か作品を拝見させていただきました。すごく普通の人を演じていることが多い印象があったんですけど、でも印象に残るんです。そういう俳優って意外に日本に少ないんです。しかもあの若さで、周りと絶妙にバランスを取りながら、真ん中にいることができる。でも普通なだけで地味でまわりに埋もれてしまったら意味がない。普通でありながら、きちんと花を持てる俳優だなと思いました。

◆観ている側はどうしても月末役の錦戸さんを目で追ってしまいます。

吉田大八監督:そうなんです。それは天性のものもあるでしょうけど、彼が子供の時から仕事を通じて培って来たものも大きいんだろうなと思いました。例えばトム・ハンクスが普通の人を演じていても、やっぱりトム・ハンクスを見ちゃう(笑)。大袈裟に言うと、それくらいの器だなと。そういう俳優って若い時は特に、自分を出したくなるし、エキセントリックな演技を思考しがちなんだけど、彼はすごく自然体。自分にそれが要求されているんだったら、それを淡々と演じる。人間としてもすごく付き合いやすいですし、現場での佇まいにしても、気分のアップダウンをあまり表に出さない。そういう彼の現場での居方に現場自体が影響を受けて、今回の現場は緊張感はあるんだけど、すごく穏やかな良い現場でした。

◆演出はどのようにされたんですか?

吉田大八監督:無意識ですが俳優によって、役へのアプローチを変えているんです。彼の場合は顔を見ながら説明をしていると、目の色で「わかったから、それ以上言わなくても大丈夫」という感じはあるんです。だから最後まで話をしなくても、キーワードを投げるだけで「OKです」みたいな感じでさっとカメラの前に戻ってパッとやってくれる。そうそう!それが欲しかったんだ!というのが何度もあって。説明が上手く伝わってないかなと思っていても、彼の「OKです」の一言が出たらほぼ大丈夫、本当にOKなんです。現場では無限に試行錯誤できる余裕はないので、彼の理解の早さや正確さにすごく助けられました。そうするとさらにその先を目指せる。こちらが要求した演技をやった上で、彼なりの工夫や深い掘り方も試せるし。
でも月末は、本当に難しい役なんです。さらに僕は月末が受け入れる元受刑者全員に対して違う種類の受け身を要求していますから、同じ受け身の型は取らないでくれって(笑)。もちろん軽々とやっていたわけではないと思いますが、それに全部応えてくれて有り難かったですね。

◆三年ほどかけて脚本を描かれたそうですが、その期間で新たに気づいた作品の魅力はありましたか?

吉田大八監督:シナリオを長い時間をかけて開発している途中で、もっとコメディー寄りの脚本になった時もあったんです。原作が山上たつひこさんといがらしみきおさんって、お二人とも僕の世代の漫画好きにとっては神様みたいな人なんですけど、その2人共、シリアスとギャグのどちらも描かれる方なんです。進んで行くうちに、シリアスとギャグの境目が1つの作品の中で混沌としていく。原作もそうですが、笑っていいのか笑っちゃいけないのか、境目がわからなくなる。安心して笑えるとか、安心して怖がれるというのは、本当の怖さや本当の笑いにならないと思うんです。本当に笑えることと本当に怖いことというのは、結局同じものなんじゃないかなと。
僕自身が、どうして子供の頃からお二人の漫画に惹き付けられて来たかを考えると、こんなに悲惨なのに笑えるとか、こんなに笑えるのにどこか悲しいとか、そういう部分が好きだったんです。だから今回の作品も観ている人が無意識に色んな感情の振り幅をひとつのシーンの中で複数持てるように作って行くということを、自分で意識していた気がします。

◆ひとつのキーワードとして「友達」という言葉が出てきます。これをどのように解釈されたのでしょう?

吉田大八監督:「友達」という言葉を上手に使える人って少ないなと思っていて、自分自身も友達と知り合いの境目が日々変わるわけです。ここからは友達で、ここからは知り合いとか。でも、それは決めなくていいんじゃないかと思うんです。そういう内と外の境界線をガチッと引いてしまうことの息苦しさによる弊害みたいなものが、最近目につくような気がするんです。そうじゃなくて、「友達」ってもう少しゆるく考えていいんじゃないかなと。もう少し人間関係の中で「友達」という言葉を自由に使えるようになりたいという僕自身の願望がありました。僕も大人になって知り合って、仲良くなってよく飲みに行ったりする間柄になっても、この歳から友達っていうのもな……とつい思いがちなんですよ。でも、それは「友達」なんじゃないかって、この映画を作ってから思うようになりました。それは淋しいから友達が欲しいということではなくて、知り合う人たちに自分で線を引いて、その線からお互いに入って来て欲しくない、踏み込みたくないという遠慮が、色んなものを遠ざけたり、本当の意味でのコミュニケーションを邪魔しているような気がしていて。どこか一部でも受け入れられるようだったら、友達ということにしましょうよ、という(笑)。これは僕が周りに言っているだけでは広がらないんですけど、もっとみんな友達でいいんじゃないの?って。これからは意識して「友達です」って、それが年下でも年上でも言えるような人間になって行きたいなと、この作品を通じて改めて感じました。

◆松田龍平さんの存在感が際立っていましたが、今回の作品の松田さんの演技についてはいかがでしたか?

吉田大八監督:受け身の天才(錦戸亮)が真ん中にいて、逆に松田くん演じる宮腰は最初から受ける気なんかない、ある種独特の存在感で屹立する。今回のキャストはみなさんそうなんですけど、特に松田龍平は立っているだけで、ある特殊な雰囲気を纏うというのは、みなさんがご存じの通りです。実は僕が「友達」という言葉を意識し始めたのは、錦戸亮と松田龍平の出演が決まってからなんです。「友達」というキーワードが自分の中で重みを増していったのは、この二人が並んでいる姿、身長差や顔つきの違いとか、ただ一緒に歩いている姿を想像するだけで、そこに一瞬だけ「友達」になった瞬間というのを、映画の中で捕まえられれば、いいなと思っていました。
松田くんは、そもそもこの役はなんなんだ?と、すごく悩んだと思うんです。僕もたくさん話をしましたし、はぐらかすわけではないですけど、僕自身も(どういった人物なのか)解らないんだと言うことを一所懸命伝えて(笑)、つまり人間である僕が完全に説明できるものを、この宮腰という役には求めていないんだということを言ったら、彼も「解った」と言ってくれて、その先は自分の感性で昇華するということでやってくれました。錦戸くんとは全然違う関係性でしたけど、いい関係性で仕事ができたという手応えはあります。

◆「羊の木」というタイトルについて

吉田大八監督:「羊の木」というタイトルの意味は僕も解らないんです。でもこういう動物の木とか、“東タタール旅行記”の一説などは実際に伝承として存在するんです。ただ、解らないことについて、それを遠ざけるでもなく、解った振りをするでもなく、それを常に身近に置いて考え続けるくらいしか、解らないことに対する人間の向き合い方はないんだろうなと思いました。そういう人間の力では及ばないものに対する、人間の向き合い方のひとつの象徴として「羊の木」という言葉があると思えばいいのかもしれない。正直、僕も原作を読んで、この「羊の木」というタイトルを消化するのにすごく時間がかかりました。脚本を作りながらずっと考えていた感じでしたけど、今となってはいいタイトルだなと思うようになりました。そしてこの作品では、ある希望の可能性として扱おうと思って、原作とは違う答えを出したつもりです。なので、みなさんにもこれはなんで「羊の木」なんだろうって考えながら、悩んで欲しいです。僕一人が悩むだけじゃもったいないので(笑)

 

 

『羊の木』2/3(土)TOHOシネマズ天神、ほかにて全国ロードショー

【監督】吉田大八
【原作】山上たつひこ、いがらしみきお「羊の木」(講談社イブニングKC刊)
【出演】錦戸亮
木村文乃、北村一輝、優香、市川実日子、水澤紳吾、田中泯 / 松田龍平

http://hitsujinoki-movie.com/

Ⓒ2018『羊の木』製作委員会 Ⓒ山上たつひこ、いがらしみきお/講談社