揺れ動く2人の男性の切なくも狂おしい恋を、行定勲監督が、大胆にも繊細に描く————

多くの女性の支持を得た水城せとなの傑作コミックを行定勲監督が映画化!原作は、水城せとなのコミック『窮鼠はチーズの夢を見る』と、その完結編『爼上の鯉は二度跳ねる』。主人公は、サラリーマンの大伴恭一(大倉忠義)と、大学の後輩・今ヶ瀬渉(成田凌)。人を好きになることの喜びや痛みを純粋に描き、多くのファンから支持を得た人気作。今回メガホンをとった行定勲監督にインタビュー。

◆映画を観て、恋愛というよりは人間愛のようなものを感じました。監督は原作のどういう部分に焦点を置いて作品作りをされたのでしょう?

行定勲監督:原作の漫画をBLだと聞いてから読んでいたんですけど、僕はBLだとは思わなかったんです。LGBTQとかBLとかカテゴライズされたような映画作りならば、自分に出来るのかな?と思っていたんですけど、読んでいるとこれは普通のラブストーリーだなと。その感じがすごくいいなと。 LGBTQとかBLがテーマだと、社会における彼らの生きづらさのようなものに焦点が合わさりやすくなっていくのですが、今はそういう時代でもなく、もっとリベラルに人間を見た方がいいというか。そういう側面もあるということは、承知の上なのですが、そんなことよりも、人が人に影響を与えるとか、人を好きだという気持ちというのは、映画というフィルターを通せばその境界を乗り越えられると思ったんです。社会から阻害されたりする弊害は、恋愛と比べると恋愛の方が絶対的に辛いんだと。生きていくという大きなテーマの中で恋愛というのはないがしろにできないなと思っていて、それが男同士であるがゆえに、愛の形というか向き合わなければならないもの、大切なものが見えたような気がするんです。そういうものにしたくて今回の作品の軸を作っていきました。

◆そういうテーマは、演じる俳優さんときちんと共有できなければ作品作りは難しいのかなと感じますが……

行定勲監督:人によっては区別をしているという考えの方もいらっしゃいますよね。それは個人の問題なので、男と女とか男同士、女同士ということに対して、リベラルな考えをこの俳優たちはきっと持っているし、もちろん自分たちのセクシャリティとしては、2人とも異性愛者ですけど、同性愛者に対して分け隔てのない付き合い方をしていると思うし、そこでの恋愛ということへの想像がきちんとなされれば、自分たちが演じることでさらに実感できることはあると思います。そういうことで言うと、2人ともそこに躊躇はなかったと思います。

◆なるほど!それはスクリーンからも感じ取れることでした。

行定勲監督:すごく自然体でいたと思うんです。心情が行動や表情を作り出すと思っているし、成田凌においては、ゲイの役ですから、そのタイプは様々ですが、原作を読んでいても男であることをきちんと区別して理解している男性なんですよ。そこをきちんとわかっていないと恭一の気持ちも勝ち取れないし、そこを理解している役どころなので、どちらかというと強めのキャラクターだし、成田もそういう気持ちで冒頭から演じていたと思うんですけど、好きな人を前にするとそういう気持ちになるという心情を彼自身が作っていって、尚且つ同棲をしていくというひとつのプロセスが映画の中にあるんですけど、そうなって気持ちが解放されたりすると、なんだか女性的に見えてくるんですよ。フェミニンな感じというか中性的に見えてくるんです。その中性さの加減をやろうと思って演じているのではなくて、自然とそういう風になっていっている感じでした。
だから心情が程を成すというか、声も言葉遣いもそうなっていく。あえてそういう演出をしている訳ではないんですよ。彼も言っていましたが、終わって考えてみると自然にそうなっていったなあと。

◆大倉忠義さんがとても繊細な演技が印象的でした。大倉さんとはどんなお話をされたのでしょう?

行定勲監督:彼の場合はゲイではないので、直面する状況において、そこで起こりうる衝動とか、感情を表に出していたり、逆に逡巡してみたり、誤魔化したりする。そういうことが演じられるかどうかということが問われている役だったと思います。なので、彼自身が恭一の気持ちを掴めていたら、対峙する人たちに翻弄されていることが重要だった気がするのですが、原作もそうですが、ジタバタするような描写や表情をするように思われがちな作品だとは思いますが、脚本自体はなるべくそれを抑えめにはしているものの、演じる人間によってはそのジタバタさ加減を表現しようとしてしまうんです。だけど大倉はそうじゃなかったんです。そもそも大倉自身がきっとわかりにくい人間なんだと思います(笑)。心の奥底に何かを思っていても、口には出さないみたいな。そこを知りたいから逆に手を突っ込んでしまうみたいなことがありました。脚本家が大倉忠義をイメージして書いていたので、原作とは違うんだけど、大倉くらいちょっとミステリアスな部分を持っていた方が人って惹かれるんじゃないかと。表面的には笑顔も素敵で優しいんだけど、どこか表情と感情が乖離しているというか。そこの奥底が見えないからこそ、惹かれるし知りたいと思うんです。恭一自体がすごくミステリアスなので、そこに人が演じることで意味が加わってくる。漫画は絵と言葉だけなので、そこに人が演じているからこそのプラスが今回の大倉が演じた恭一になっていったなと思っています。
大倉忠義が持ち合わせているものがリアリティを生んでいる気がします。

◆漫画原作を映画化する時に、気をつけていることは?

行定勲監督:漫画というのは饒舌なものだと思っているんです。だから映画化するのはすごく大変なんです。だから言葉は大事になってくるし、そこにモノローグみたいなものが足されると心情が見えてくる。ただ、それをそのまま映画化するのではなくて、説明を全て排除するところからスタートする。
僕は漫画を映画化することに普段から懐疑的なんです。読んでいる人がその人の感情をモノローグや台詞で知ってしまう。それを映画ではできるだけ避けたい。映画はその心情を見ている人が探っていくからこそ面白い。俳優が演じているものを観客が感じ取る。今回は、主人公二人が抱えている、みえない罪のようなものが表現できたらいいと思っていました。なので、映画の後半が僕がやりたかったことのひとつの到達点が見えていると思います。

◆作品を撮った後で改めて感じたことはありましたか?

行定勲監督:今まで数多くの恋愛映画を手掛けてきましたが、最初はその延長上にあるものだったんです。ただこれまでの恋愛映画は僕自身が心に刺さったり、深く理解できる部分が中心になっていた気がするんです。男のダメな部分や怠惰な部分、愚かさみたいなところが心情としては理解できるんだけどど、今回の場合は、思いもしないことが身に起こって、それが居心地が悪いわけじゃないという気づきから、そこに身を任せた時に、その恋愛感情みたいなものが本当に生まれてくるのか。そういうことを、役者と一緒に追体験しているような感覚になりました。僕は常に大倉側の気持ちでいたんですが、成田凌が演じている男の可愛らしさが見て取れたりすると、寄り添える感情が見えてくる。単純に言うと、男同士っていいもんだなという感情が生まれたのは確かです。

◆行定監督の作品は、いつも演出が印象的に残りますが、今回作品の構成や演出で考えていたことはありますか?

行定勲監督:基本的には原作に則っているのですが、今回は2作品を一つの作品にしているので、それを網羅するととんでもなく長い作品になるので(笑)、「相手に心底惚れるというのは、その相手が例外になるということだ」という台詞があって、この台詞が作品の核になると思いました。脚本家がこの2作品の物語を完全に理解していて、映画的に台詞を落とし込むにはどうしたらいいか、ということを話し合った中で出た結論は、そぎ落とすことでした。膨大な脚本を書いた中で、相手のことが例外になるということが腑に落ちる瞬間までの物語として構成しました。海に二人で行くシーンは、この作品のキーにしたいと早い段階から話をしていて、そこまでの心中のような感覚というか、お互い相手の存在が手放せないものになっている。これが男同士だからこそ、見えてくる覚悟のようなものが見てくるといいなと。結果的にこの二人がお互いに罪を背負うような、二人にしかない罪というか、本人達はそうは思っていないけど、観ている人が背徳感のような感覚を抱くような匂いになるといいなと思っていました。

 

 

 

9/11(金)『窮鼠はチーズの夢を見る』全国ロードショー

【監督】行定勲
【原作】水城せとな「窮鼠はチーズの夢を見る」/「俎上の鯉は二度跳ねる」(小学館「フラワーコミックス α」刊)
【出演】大倉忠義、成田凌、吉田志織、さとうほなみ、咲妃みゆ、小原徳子

©水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会

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