山﨑賢人×松岡茉優×行定勲監督が贈る、観た者の心に永遠に残る恋愛映画

作家・又吉直樹が「火花」で芥川賞を受賞する前から書き始めていた、作家の原点とも言える小説「劇場」は、「恋愛がわからないからこそ、書きたかった」と又吉自身が語る恋愛小説。
映画化にあたり、監督を務めるのは、時代ごとに日本映画界に新しい風を送り続けてきた行定勲監督。本作では、恋愛における幸せと背中合わせのどうしようもない葛藤や矛盾を真っ向から描き、令和の時代に新たな恋愛映画の風を吹かせる。主演の永田を務めるのは、今最も輝く俳優・山﨑賢人。ヒロイン沙希役には松岡茉優。共演には、寛一郎、伊藤沙莉、King Gnuのボーカル・井口理といった個性的な俳優・アーティストたちが揃い化学反応を起こした。

本作で監督を務めた行定勲監督に話を聞いた。

■原作を読まれて、感銘した部分や映画で描きたいと感じられたところは?

主人公の永田(山﨑賢人)は、客観的に言えばひどい男なんで。でも主観的にいうと全くそうは思わない。僕には永田の気持も沙希(松岡茉優)に対する苛立ちもよくわかる。それは永田という男が持ち合わせている自我を理解すればするほど必然的にそうなっていく。だから永田というのはどこにでもいそうな人間なんです。良かったのはラブストーリーとして表現できたこと。ただ、彼らは普通に恋愛をしているだけだから、何の支障も無いと思いきや、その“何も無さ”が障害となっている。演劇で食べていきたいと思っているけど、地位も名声も何もない。だけど、沙希は寄り添っている。普通のカップルだし、みんなが持ち合わせている共有するものが多い二人なんだけど、演劇に固執する限り、永田の“自我”が二人の障害になっていること。ただ、こういう恋愛は映画にしにくい。なぜならどこにでもいる二人だから。でも又吉直樹という作家の手にかかるとただの恋愛劇ではなくなっていくというところが面白いなと感じました。どこにでもいる人間なんだけど面白い、人間って面白いね、誰だって胸が苦しくなる時があるよねという経験を、この映画で体験して頂きたいと思っています。

■ラストは、メタフィクション的な表現をされています。これは原作にはなかったシーンですが、この演出が作品や観客に与える印象がどのようなものだと思われていますか?

映画、演劇、小説にそれぞれの特性があって、小説は文字ですよね。行間と文字で書かれていることには限界はあるんです。何でも書けるばずなんだけど。説明的になる。ラストは沙希と永田がここから離れていくだろう空っぽの沙希の部屋が舞台になっています。それがある種“劇場”なんだと。彼ら人生はそこで繰り広げられていたという解釈が、小説の読後に感じられるので「劇場」というタイトルなんだろうなと感じましたし、それ(劇場)が、あの部屋だったんだなと、僕は理解をしました。どちらかというと小説は静かに終わる印象でしたよね。
でも僕は映画だからもうひとつ、別の扉が開けないかな?と。尚且つ、ずっと課題にしていたことは演劇と映画を、何か手法で繋ぎたいということでした。そういう演出家としての欲があって。映画ってリアルを目指すんですよ。カメラを通したリアルを。例えば海のシーンだったら、海に行って撮影したら海のリアルが撮れる。六畳一間だったら、下北沢で六畳一間のアパートを探してそこで撮れば六畳一間になる。要するに説明だけではなくて、その場所に行く、もしくはそれをリアルに作る。だけど、演劇はそれがいとも簡単にできる。立っていて、舞台上にいるのに海の音が聞こえてきて、突然立ち上がって、そこに光が当たって「海に来た!」と言うだけで海になるんです。それって表現としての自由があると思うんです。僕は演劇が最も自由だと思っているんです。演劇もやっているけど、映画人として演劇って自由でいいね、と思う。それを感じて欲しかったという部分もあります。

■又吉さんの小説は描写が細かく、脚本にするのは難しかったのかな?と思いますが、脚本を手掛けた蓬莱竜太さんとはどんなお話をされたのですか?

話はほとんどしてないです。蓬莱が自分が演劇人として、この人達の気持ちが理解できるだろうと。それに僕としては後ろ盾が欲しかったというのもあります。僕もシナリオを書けたんだけど、これは他者が書いた方がいいと。そして書いてもらうのなら演劇を熟知している人間が、その苦悩も含めて書いた方がいいと思ったので、彼にお願いしました。蓬莱が作って来た脚本は、本当に必要不可欠な部分だけを繋げていて、それが見事だったので、映像としては感情で紡いでいったという感じです。

■永田を演じた山﨑賢人さん、これまでに見たことのない表情がたくさんあって驚きました。どのようなディレクションをされたのですか?

髭を生やしてほしい、髪の毛を伸ばして欲しい、くらいかな(笑)。後は自由にやってもらって、解らなかったり、思うところがあったら聞いてとは伝えていましたが特にはなかったですね。むしろ永田が沙希をどう思っているか、というところだけがブレたらダメだから、そこだけは違うと思ったら止めるねとは言いましたが、ほぼそういうことは無かったです。松岡茉優さんはとても細かく、沙希という女性の歴史を自分なりに作りあげてきていたんです。そしてその沙希が山崎くん演じる永田と対峙した時に、どうなるか。その中で二人が共鳴した芝居をしてくれたからこの「劇場」という作品が出来たと思っています。むしろこの二人じゃなければ作れなかった作品です。

■お二人は役者として、永田に共鳴する部分があったのでしょうか?

よく解りますって言っていたのであったと思いますよ。特に山﨑くんは、これまで彼にオファーされたことがない役ですし、こういう作品は役を理解できないと演じられないと思いますから。断られるかもしれないけど、と思って台本を渡してオファーをしたら、山﨑くん自身が「絶対にこれはやりたい」と言ってくれたんです。その時点で彼が永田に共鳴していることが解りましたし、うれしかったですね。これまでたくさんのキラキラした作品に出演してきている、そんな彼が「これをやりたい」という言葉が出たことが表現者としてそういう感情になったんだと思います。だからこそ、永田をこれだけ必死に掴もうとしたんだと思います。それだけでもうれしいですね。そういう俳優と一緒にやりたいなと思いますから。

■ここに描かれている演劇界の空気は、今ではなく、10年くらい前の空気感だと感じました。その10年前の雰囲気を作ろうと思ったのはどうしてですか?

今である必要はないと思っているのと、個人を描いているから永田みたいなヤツが今の時代でも、こういう人間はいると思うんです。むしろ今の若い演劇をやっている人たちはこれを見て、どう思うか?という事ですね。持論ですが、映画は少し前を描く方が後世に残っていくんです。今現在を描いた作品を今公開するのと、少し前の時代を今描く方が、作品としての強度も高い。それに、今の今を描こうとすると表現としても現実と照合してしまうので、窮屈に感じますが、少し過去を描くことで、表現の自由度が増すこともある。僕はこの作品に絶対的な自信を持っているので、この後も残っていく作品にしたかった。だから10年くらい前の空気感、少し前の空気感描いているんです。だからこそ、今の人に見て欲しいですね。今、その感覚が解らなくてもいいけど、でも10年後にはきっと解るから。

 

 

 

 

 




7/17(金)全国ロードショー

【監督】行定勲
【原作】又吉直樹『劇場』(新潮社)
【脚本】蓬莱竜太
【出演】山崎賢人、松岡茉優
寛 一 郎、伊藤沙莉、井口理(King Gnu)
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