シアタービューフクオカで絶賛連載中のハイバイ・岩井秀人氏のコラム「岩井の好きな映画」。本誌と併せてお楽しみください!

ハイバイ・岩井秀人コラム【岩井の好きな映画】vol.43「メッセージ」

やーもう、これしかないですよ。「メッセージ」。SFってカテゴリするつもりはないんだけど、SFでは王道と言われる「異星人が地球にやってきた」なヤツなんですが、そこに対して「さて、その未知なるものに人類はどう対応するのか」ていう方向のもの。ただ、そこを掘り下げていくときにモチーフとなっている「過去」や「時制がない」とか「宇宙人の使う文字」とか、そういったディテールの発想がクッソ面白い。あの文字なんて、欧米人から見た「漢字」そのものなんだろうな、とか思う訳です。だって、「とめ、はね、はらい」とか、「え?なににこだわってんすか?」ってワケわかんないだろうし。その文字そのものに「時制がない」っていう感覚は、考えてみると、とても面白い。
「今さあ、」「さっきね、」「明日は、」もそうだし、「~した」みたいな過去形だったり「~する予定」とかって未来形だったりが、あの「ばかうけ」と呼ばれている(監督からも)宇宙船の持ち主たちの表記文字には存在しないのだ。もし我々も時間を表す言葉全てとっぱらったら、どれだけ感覚が違うのかしら。一見不便になりそうだけど、もしかしたらそのことで自由になることもあるはずだし。

なんとなく調べてみた所、地球の中だけでも国によって「時制」の扱い方がかなり違う。さすがに地球上では過去を表す言葉のない国はないようだけど、例えばコンゴだと過去形が「今日過去」と「遠過去」に区別されてるとのことで、つまり過去のことだけど今日起きたことだと「今日過去」で何年も前の遠い過去だと「遠過去」の形になるらしく、ここにさらに「昨日過去」というものがはさまってくるのだという。なんじゃ「昨日過去」って。例えば「走る」という言葉。日本語の過去形だと、今朝走ろうが昨日走ろうが、10年前に走ろうが、「走った」となる。が、例えば「今朝走ってて思い出したんだけど、10年前に走ったところを昨日も走ったんだよね」という文章にある三つの「走った」は、全て「今日」「昨日」「遠」それぞれの過去形にあてはまるわけで、これをコンゴ的に書き換えるとしたら「今朝モシってて思い出したんだけど、10年前にヤマったところを昨日もペロってたんだよね」みたいなことになるのだ。なんかこの話どうでもいいや。

「メッセージ」の話。とにかく、作り手の志の高さが本当に感動です。
つい先日、とある演出家と「見ている人を傷つける」ことについて話した。僕は「ただ傷つける」だけなら、その表現はいらないと思う。例えば僕の作品でも当然誰かが傷つくことはあるが、それは僕としては「失うことで、そのものに対する想いがより強く描かれる」と思っている。が、その演出家は「ただ傷つく」ことも「気づき」だという。僕は彼の描いているものに気付きは全くなかったので、試しに、その問題となっているシーンについてその演出家自身に「じゃああなたは何に気付いたんですか?」と聞いたが、その返答は結局なにもなかった。まあ、言葉にならない真意もあるのかもしれないが、「傷つける」だけでいいのだったら、舞台上で動物を殺して「命の大切さを教えたい」とのたまっているのと同じだ。まあ、すんごいゲンナリさせられた。

「メッセージ」は、緻密に、果てしなく想像力豊かに未知なるものについて描いていると同時に、人類が持っている弱い部分をきっちりと描きながら、「では、我々はどうあるべきか」を考えるものになっていた。まあ難しいこと書いてるけど、単純に面白いからいいのだ。ちなみに上に書いた演出家の作品は面白くなかったです。

いわい ひでと/1974年生まれ。劇作家・演出家・俳優、ハイバイのリーダー。「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。

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◎シアタービューフクオカ vol.67掲載(2017.6発行)