シアタービューフクオカで絶賛連載中のハイバイ・岩井秀人氏のコラム「岩井の好きな映画」。本誌と併せてお楽しみください!

ハイバイ・岩井秀人コラム【岩井の好きな映画】vol.33  「インサイド・ヘッド」

ある少女が生まれ育っていく過程と、その少女の心の中の「うれしい」や「かなしい」という感情がキャラクターとしてやりとりしてく。幼少期に体験した「たのしい」とか「つらい」といった「体験」は、その「感情達」のいる心の中に、宝石として積まれていく。
すんばらしい作品だった。

子供の頃はただただ楽しく、興奮する方へと無邪気に突っ込んでいく。感情達は自分たちの主である少女の体を心配しつつも、一緒に楽しむ。そして、突っ込み過ぎたせいで失敗した経験や、楽しかった経験が宝石となって、感情達の元へ降り注いでいって、特に印象に残った経験は、特別な場所に保管される。成長していく過程で、どういう経験をして来たかが、その人の心を形作っていく、という仕組みの描写に、なるほどな~、確かにそうだわ~、と感じ入ってしまった。

心の中にある「無邪気なエリア」には、遊園地とか、ロボットのおもちゃとかが置いてある。主人公の少女が無邪気だった頃は、そのエリアはいつもジェットコースターが激しく動き回り、ロボットもピカピカと点滅していたのだけど、友達と上手くなじめなかったり、楽しく遊ぼうにもそれが叶わないと言う経験をしてくと、活発だった無邪気なエリアが、段々と暗くなり、やがて崩れ落ちる。現実でも同じようなことが山ほどある。友達と遊ぶことが、ただただ楽しかったはずなのに、上手くいかなかった経験が重なれば「ちょっともう、あの人と遊ぶのやめようかな」となり、それを続けていくとさらに「もう、誰かと遊ぶこと自体、やめようかな」にまで及んじゃったりする。誰でも同じ様なことは経験があると思う。
僕がこの映画を見て、特にいいなあと思うのは、この作品が子供向けにもなっているところだ。

たいていの「子供向けアニメ」というものは、現実とは別のところで、見るものに「夢」を見せようとする。「元々持って生まれたとんでもない才能で世界を救う」とか「たった一人で、強大な悪を倒す」という、どでかいカタルシスを与える。このカタルシスは、現実ではめったに出会えないものだ。
僕自身、現実の生活でのカタルシスよりも、アニメやドラマといった、現実離れしたカタルシスを経験として持ってしまっていたので「いつ俺はスーパーマンになって世界を救うんだろう」と、本気で信じていた。そういった子供の思い描く「夢」を美しいという人もいるだろうけど、僕としては「大人達よ、なぜ嘘を信じ込ませたんだ」という思いが強い。だからこそ『インサイド・ヘッド』のように、しっかり楽しませながらも、現実、自分、他人についても考えられる余地がある作品を、子供が見るのは、とてつもなく有意義なことだと思う。
物語終盤まで全く役に立たなかった「かなしい」感情が、最後の最後で役に立つ、という結末も、とても好きだ。
「かなしい」とか「つらい」という経験や思いを持っていないと、他人についても考えることが出来ない。

僕は吹き替えで見たんだけど、それにしても「かなしい」感情のキャラクターがめちゃめちゃ面白くてリアルだったのでクレジットを見ると、『大竹しのぶ』とあった。さすがだ。

 

いわい ひでと/1974年生まれ。劇作家・演出家・俳優、ハイバイのリーダー。「「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。2016年2月13〜14日ハイバイ「夫婦」@北九州芸術劇場 小劇場 作・演出・出演。
http://hi-bye.net/