シアタービューフクオカのコラムで誌上最長連載を誇るヨーロッパ企画・永野宗典氏。
今号からスタイルを一新!新コラムはなんと対談形式。
webでもダブル掲載スタート!本誌と併せてお楽しみください!


限られた字数制限の中、所狭しとお送りするショートショート対談。第1回目のお相手は、気心知れた同劇団員の本多力!

honda

今回のゲスト:本多力
ヨーロッパ企画所属。主な出演作「コドモ警察」「しあわせのパン」等、映画・テレビドラマ・舞台の外部出演なども多数。

永野(以下):小さい頃の夢というか、やりたかった職業はなんだった?

本多(以下):いきなり始まりましたね。(笑)
永:字数制限あるんでね。
本:ああ(笑)。えーっと、小学校のときは、実家の寺を継いでお坊さんになりたかったです。自己紹介の時の将来の夢もそう書いてました。
永:その夢はいつ諦めたの?
始めは親も喜んでたけど、どうやら寺は長男に継いで欲しいという空気を感じて。
永:向いてないと思われてたのかなあ?(笑)
本:うん(笑)。身近にもっと望まれてる人がいるのを感じた。
永:まさか本多くんが俳優の道に進むと思ってなかったかなあ?
本:多分、思ってなかったんじゃないですか?
永:そもそも本多くん自身は俳優に対する興味とかあったの?
本:母親が朗読とかしてて、その影響なのか学芸会で劇やったときちょっと褒められたりしたのは憶えてますけど。小学4年か5年生のときやった「じごくのそうべえ」のそうべえ役は良かったと記憶してます(笑)。
永:我ながら好演した記憶が?
本:客席の床に置いてある綱を歩いて登場したんですが、お客さんにはそれがあたかも本当に綱渡りしてるように見えたのではないかという記憶が(笑)。
永:天才子役。
本:今子供だったら、確実に子役ブームにのっかってたはず。
永:鈴木福くんや芦田愛菜ちゃんがライバルで(笑)。
本:そう、一休さんもやってたはず。
永:実写版ね(笑)。もうお坊さんにもなれてるし、相当自己実現できてるよね。
本:でも、早くに夢がいっぺんに叶って、そのあとかなり迷走しそう。
永:天才子役ならではの挫折をね。じゃあ、夢の変遷としては、お坊さん→俳優?
本:はい。ちょうどお坊さんを諦めた頃に、野田地図とか加藤健一事務所の舞台を観に行くようになって。よりお芝居に興味を持つようになりました。
永:「いつかあのステージに」って気持ちが芽生えた?
本:それもあったけど、「なんやこのおもしろい世界は!!」という気持ちが芽生え、俳優に憧れるのよりも、そのときの将来の夢が「劇団員になりたい」でした。それも大学入って演劇サークル入った時点ですぐ夢叶っちゃって(笑)。それからお芝居で食べていけるようになりたいと思うようになりました。
永:演劇サークルは「劇団員」じゃないよね。「部員」よね?(笑)
本:劇団という意識だったから。うわ、19歳でもう夢叶った!!ってなって。
永:夢のハードル低かったねえ~。で、いつの間にか、なんとか「劇団員」として夢叶って生活してる訳だけど、夢が叶った今の心境を教えてください。
本:うーん。
永:夢の最前線を走っておられる方の話を聞く、読み応えある対談にしたい。
本:夢の最前線を走ってはないけど…。
永:憧れの「劇団員」になったものの、ゴールテープはまだまだ見えない?
本:見えない。折り返し地点も見えない(笑)。
永:じゃあ、今まで充実感を感じた俳優の仕事は何?
本:やってるときは充実感はそんなになくて。これでいいのかなあとかそんなんの繰り返しでしょ?でも中・高時代の夢が叶って「劇団員」になれて、それを続けてたらいまだに続けられてて、続けている間に夢というよりも目標が新たに出来て、それは「もっとおっさんになってもみんなで芝居し続けたい」とか「もっと色んな芝居に出たい」とかですが、そういう新たな目標があるから続けていくんだろうなあと思ってます。
永:「お坊さん」→「劇団員になる」→「役者であり続けること」。「役者であり続ける」にはどうあるべきか?という夢の道中ってことで。
本:…急ににまとめに入りました?(笑)
永:自問自答の念仏メソッド俳優・本多力「夢を追いかけ続けて」 FIN。
本:強引すぎるでしょ(笑)。

●永野宗典(ながの むねのり)/’78年生まれ、宮崎県出身。’98年、上田誠らと共にヨーロッパ企画の旗揚げに参加。以降、全作品に出演。
information ヨーロッパ企画第32回本公演「建てましにつぐ建てましポルカ」@西鉄ホール 10/5・6 。 チケット取扱い/スリーオクロック tel 092-732-1688
http://www.europe-kikaku.com/