シアタービューフクオカで絶賛連載中のハイバイ・岩井秀人氏のコラム「岩井の好きな映画」。本誌と併せてお楽しみください!

ハイバイ・岩井秀人コラム【岩井の好きな映画】vol.53「ボヘミアン・ラプソディ」

「ボヘミアン・ラプソディ」を見た。ちょうどこれを書いている2月末にアカデミー賞で、フレディ役を演じたラミ・マレックが主演男優賞を取った。スピーチでマレックが「アイデンティティに悩み、自分の声を探しているすべての人へ。僕たちは移民で、ゲイの男性についての映画を作りました。今夜、その物語を祝福しているという事実は、こうした物語を僕たちが切望しているということの証です」と述べている。こういった民族的な、またはLGBTなどの複雑な背景についてを明らかにし、影であった部分に光を当てる作業も、芸術の大きな役割だと思う。

昨年末にフランスのジュヌビリエで、モロッコからの移民、アブダラーさんの物語に関わらせてもらってから、そういったことにもとても意味を感じるようになったし、そもそも引きこもりだった自分がそのことをモデルに演劇を作ってきたことからも繋がっていたのかもしれないと思っている。僕個人引きこもりのことを、民族問題の大きさと比べるのもおこがましいが、そこでおこがましさを感じちゃいけないってことも、マイノリティがマイノリティで無くなるために彼らと同じように胸を張り続けることの重要さと似ている。皆さん、胸を張りましょう。

映画はもう、ドキュメントを見ているような感覚だった。史実を元に構成されているのだと思う、現実の奇妙さと、フィクションでは書けないようなジャンプ、稀有の才能を持ったものの精神のジャンプが描かれていた。そして僕にとっては「ふざけた格好をした、やたら歌のうまいおじさん」だったフレディ・マーキュリーが、たった一人の人間で、その民族的背景からくる孤独の深さと、天から授かった才能が乗算されて、とんでもない数と質の孤独を癒したヒーローになった。
バンドメンバーの描かれ方も丁寧だった。当然、フレディがいなければクイーンではなかったけど、あのメンバーじゃなかったら、それもまたクイーンじゃなかったんだな、と。特にギタリストのブライアン・メイの存在が印象に残っている。フレディという破格の才能に、絶対にビビッていただろうに、そこで天文学者でもあり、一見いつでも音楽から身を引ける立場でもあり、フレディのようなマイノリティでもなければ民族的な問題もないブライアンが、対等に渡り合う、「同じ人間」としてフレディと渡り合おうとしたことが、フレディに気づかせたものは、とてつもなく大きいように思える。

たった一人の人間として生まれ、差別に苦しみ、さらに一人になり、才能を得て人から脱出し、多くの人々の心を救ったのちに自信を得てバンドを捨てて神になろうとしたフレディに、「お前だってただの人間なんだ。俺はビビらんぞ。でも、お前はなんと、素晴らしきあの人間なんだ。」そういったやりとりを貫いたブライアン。その物語の果ての何万人と共にフレディが合唱する「We Are The Champion」は、凄まじく心に響くのだった。

いわい ひでと/1974年生まれ。劇作家・演出家・俳優、ハイバイのリーダー。「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。

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◎シアタービューフクオカ vol.77掲載(2019.2発行)