シアタービューフクオカで絶賛連載中のハイバイ・岩井秀人氏のコラム「岩井の好きな映画」。本誌と併せてお楽しみください!

ハイバイ・岩井秀人コラム【岩井の好きな映画】vol.49「シチズンフォー スノーデンの暴露」

「シチズンフォー スノーデンの暴露」という作品。これは元CIA、元NSA(国家安全保障局)の職員だったスノーデンが、NSAが企業と連携しアメリカ全土に渡って極秘裏に個人情報を収集していることを暴露した経過を描いている。
NSAがアメリカ中の個人情報を勝手にゲットして捜査にでも「何にでも」使える状態にあることを、その組織の職員が告発したものだ。これ、例えば日本で同じ様なことが起きた場合、みんなはどう思うだろうか。「や、自分が悪いことしてなきゃいいんじゃない?なんか、安全のためなんでしょ?」というもんやりした意見が大多数を占める気がする。僕自身も結局、そういった感覚は今でも持っているし、例えば謎の「マイナンバー制度」の時も、そこまで強く反対する意志もなかったと思う。だけど、スノーデンや、この暴露を受けたアメリカのマスコミや人権団体の声を聞くと、訳が違ってくる。
「自分たちの個人情報を国家が全て把握している状態というのは、例えば自分が少しでも今の国家の主張や方針と違うことを思っていた場合、それを発言しにくくなる」というものなんだけど、この言葉自体にも「はあ?」と思っている方は、いつでも国家が大好きなタイプか、もしくは、すでにこの言葉が示している無言の圧力にだいぶやられている。人は、言いたいことを言えるはずだし、やりたいことをやりたいときにすればいいし、、嫌なことは嫌がれるべきだ。だけどそれはその自由を周りが保証してくれている時にしか、「好き」も「嫌い」も主張できなくなる。意見が違うとキレる奴がいたりしたら、より言いづらくなるし、そいつがもしあなたの個人情報をくまなく一方的に所持していたら、尚一層、言えなくなると思う。やがて、あなたも僕も、本来やりたいことや、本来思っていることを、言いづらくなるし、行いづらくなっていく。そして、こういう「好きなことをし、嫌なことは避ける」という「自由の保証」というものは、自動的にみんなが持っている訳ではない。家族にしても学校にしても会社にしても国家にしても、そのコミュニティの中で、なんとかして手に入れていかなくちゃいけない。それなのに、僕自身もそうだし、僕の周辺にいる人たちは、その意識が薄い気がする。「~~しようとしてたのに、誰々に反対のこと言われた」みたいなことを言って、結局自分の意思をその相手に伝えもしなかったりする。僕も、ついやっちゃう。これは多分、「わがままだと思われたくない」とか「悪者になりたくない」という感覚から来るものなのだと思う。僕自身の反省も含めてだけど、もしかして「わがまま」だと思われても、それは自分なんだし、やりたいこともやらずに、しかもそれを他人のせいにして諦めるなんて、全く面白い生き方ではない。

誰かと意見が違ったり、その人がやりたいことに反してることをやろうとしても、別に世界が終わったりなんてしません。僕、よく知ってます。本当それが恐怖だったから引きこもってたようなもんだったし。
ただ、その主張の仕方なんだと思う。「言いたいことを言う」って書くと、「相手を無視した罵詈雑言」みたいなところまで一気に飛躍しちゃう人がいるんだけど、そうじゃなくて、相手の存在を認めて、相手の主張もわかった上で、自分の主張をする、っていうことです。ちょっとした違和感も、大事にしてやらないといかんなと、思っている訳です。

いわい ひでと/1974年生まれ。劇作家・演出家・俳優、ハイバイのリーダー。「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。

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◎シアタービューフクオカ vol.73掲載(2018.6発行)